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2025年02月17日16:09

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飯盒が日本軍をダメにした。

「坂の上の雲」のタイトルバックを見ていたら、実に幸福そうな顔で飯盒を抱えている兵士の姿があった。
「おい、見てくれ、この飯、白米だぜ」
カメラに向かってかかげているようだ。
「銀シャリ食って、オレは幸せ」
の顔がこっちを向いている。きっと旅順、第一回総攻撃の前、緊張もしていないし、みんながみんな、
「負けっこない戦争さ」
と信じこんでいる。幸せの飯盒を抱きしめて、腹の底から満足している兵の顔、なのだと思う。

 ぼくは途端に思い出した。
「飯盒が日本軍をダメにした」
という敬愛する山本七平大先生の言葉です。飯盒、アルミの正確に言えばアルマイトでできた片手にスポッと乗る入れ物にどんな威力があると言うのだ。

 七平先生は、日本軍の戦い方は兵站を無視してきた戦法だった、と言っています。
「行けー、突っ込めー」
の掛け声だけで戦争をしていた。その掛け声を下から支えていたのが、実は「飯盒」だと言うのだ。

                 ○

 兵站を考えない日本軍。その核となっていたのが、現地調達です。兵隊を出しておいて、
「食料は現地でなんとかせい」
と命令を下達するんですね。となると現地調達の資材がいる。その資材の最末端が、えー、そうです、飯盒です。
 あたり一帯をひっかき回し米を見つけると調発し、飯盒炊きです。すると夕暮れは、もうもうとし戦争かキャンプかわからないモーレツな忙しさになります。

                 ○

 米飯については、森林太郎(鴎外)軍医総監がしでかした脚気騒動もあります。
「兵は、腹一杯、白米が食べれるから軍に入るんだ」
「よって米飯を止めることは、できない」
 この論理の一辺倒で、戦争より脚気でたくさんの兵を死なせていたと言うアホ陸軍を代表する話です。

 日本軍は4倍、糞をした。
 大陸で移動する。村に入ると、米を探しあっという間に食い尽くす。すると移動がはじまり、次の村に向かう。
 大量に食い、食べ尽くし、移動していく。残された大量の糞。
 蝗(イナゴ)に襲われた村のように、あたり一面が空っぽになる。
「なにが皇軍だ、やつら蝗軍じゃないか」
と悪口を言われた日本軍の進軍。それを支えていたのが飯盒です。

 コメのせいでしょうが、米軍の諜報によれば
「米軍に比べ日本軍は4倍、糞をした」
とされています。そのせいもあり日本軍はいつも4倍以上の兵力と対峙する羽目になった、というツキの無さも各地で生まれました。

                 ○

 兵站を無視した作戦の代表といえば「インパール作戦」が挙げられます。ギリギリの兵站でアラカン山脈を進軍した日本軍。いざというときの食料でもある、荷を乗せた水牛は次々とアラカンの谷に落ち、すぐに物資不足に陥る。
 弾もなければ、食料もない。素手同然で決戦に向かい、戦車に肉弾で戦う羽目になる。有名なコヒマの戦いです。
 かたや英軍は爆撃機を利用した空中輸送を開発し、落下するパラシュート荷駄。白い空の花。風に流され日本側に近づくと、お流れ頂戴とばかりにワッと近づくのだがそこを狙い撃ちになるという体たらくも起きてしまう。
 やがて食うや食わずの撤退になる。白骨街道です。

                 ○

 少し負けがこむと兵站に支障をきたす、というのは日本軍の全線で発生していた。なにしろ兵站が初めから組み込まれていないのだから、当然そうなる。
 押している時は
「敵の糧秣は、わが糧秣」
でやっていけるのだが、押し戻されれば「蝗軍」が食べ尽くした後を帰り道することになる。
 仕方なく飯盒を抱えて一日中、野山をウロツキ回る軍隊が発生する。それが、日本軍の姿だった、とされている。

                 ○

 米軍や英軍が、飯盒を使っている姿は(どんな映画の中でも)見た覚えはないでしょう。兵站は独立した機能としてあったわけで、飯盒という万能の資材を必要としなかった、のです。

 よく言われること。もし万能の資材(兵器かな)飯盒がなかったらどだい日本軍は戦争ができなかった。
 
 日本の長い歴史の中では、戦争はいつも国内線で兵站を考える必要がなかったというのはよく言われる「日本の兵站論」です。これも司馬遼太郎の論による、兵が一番安い資材で、消耗を当然としていたという説を重ね合わせると
「やはり、そうなるのか」
とたちまち納得できるところです。

                 ○

 というようなわけで、青学出身の幹校・少尉、山本七平は、飯盒を見つけると瞬く間に
「カーッとくる」
習慣になっていたそうです。
 食料の手当てをしないということの中に、人間無視の姿勢を発作的に感じるし。
 名もなく死んで行く「無名の人間は、いなかったと同じ」と決め込んでいる尊大な人間がいることに怒りを覚えるのでしょう。

 飯盒がダメにしていた実態は、「無名の人間」を食い潰すようにしていた「偉い人」の存在なのかもしれない。山本七平先生が本当に怒っていたのは、飯盒を預けて知らぬ顔をしていたインチキな「偉い人」のことで、それを飯盒と読んでいたのかもしれない。
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