○2010年10月05日の日記再掲載
前回の「千人針」に続きます。(続けて読んでいただくと、あの時期が伝わるかと思い並べてみました)
胆汁の処置をして母親は一旦は家に戻ります。その時のわずかな空白の時のような不思議な時間です。やがて雲は湧き上がって来るのだろうけど、空は晴れ風はやさしい時期でした。
○
ぼくは母親と、家から少し離れた池の回りを歩いていた。夕暮れで、ほんの少し風が吹いていた。
母親は末期ガンでやや小康をえて、家に帰ってきていた。ぼくは毎日のようにクルマに乗せあちらこちらに連れていった。でも携帯の酸素ボンベを犬の散歩のように従えながらの移動では、そう遠くには行けない。
風はとてもやさしくて、このままこの心地よさが永遠に続くのかと思わせたのだが、やはり陽はどんどん落ちて来て、ぼくと母親の最後の時間を確実に減らしていった。
「どこに行きたいと言うこともないね」
「そう」
「この十年くらい、仕方なく生きていたような気がするね」
「そう」
「ついでに生きてる、っていうのがぴったりかね」
そう、それはぼくらにも責任があるのかもしれない。けれどぼくらにはどうしようもないとも言える。人生の黄昏をどう過ごすかなんて、とてもとても当時のぼくの想像力ではおぼつかないことだったのだ。
「ぼくが小学校1年の時、友達と魚を取りにいって、帰りが夜遅くなったことがあるのおぼえてる」
「そんなことがあったかね」
「それでね、ぼくはぶたれたよ、思いきり」
「竹箒の竹だったね」
「痛かったよ」
「それ、この池だよ、この池に来て溺れそうになって、遅くなったんだ」
ぼくは小さな秘密を証した。
母親は何かを思い出すような顔をした。
「ピシッ、ピシッ、ピシッ」
母親の小さな声。それはまちがいなく、ぼくの尻を叩いた、あの時の竹箒の竹の音だった。
ぼくのカラダはカラカラと回り、横に黒い線が二本入った真っ白いパンツ姿の小学生になっていた。
「ごめんよ、ごめんよ、もう遅くなったりしないから」
パンツ姿のぼくは、あの時、泣いてあやまった。
「もう遅いよ、何かも遅いよ」
母親は、今の時間の中にいた。かすかに笑いながら空っぽの宙に向かって答えていた。
(母さんは、もう時間がないことを知っているのかい)
いよいよ陽は落ちてきた。人生の陽は落ちてきた。
「帰ろうよ、もういいよ、喜八郎」
と言うと酸素ボンベのポチを従えながら母親は歩きはじめた。
ぼくは少しの間、よそ見をさせてもらった。泣きそうだったからだ。
「ごめんよ、ごめんよ、もう遅くなったりしないから」
ぼくは約束を守れなかった。のだろう。
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