○2012年04月17日の日記修正再掲載
隠れた名曲、「あ、俗な言い方だなあ」けど仕方ないか。
「この歌、いいんだよ。聴いてよ。泣けてくるんだ。ほんとに」
と熱くはじまる自分にとっての名曲がある。けれどその歌には、その人の自分史がすっかり塗りこまれていて、他人にはいまひとつ入り込めないことがある。
それをタケシ風に言えば
「お前が昔、付き合っていた女。見たこともねぇのに、可愛いもクソねぇだろう」
と言われ、スコーンと頭を蹴り飛ばされる。
うーん、切ないなあ。
でもね、そんな中に「これは名曲」というやつがある。はじめのワンフレーズを聴いただけでエレキが走る。こころのどこかに大急ぎで走り込んできて、もう一瞬で「ジーン」を共有できる。そう多くはないけどあるし、そういうのが隠れた名曲というものなのだろうね。
そうはない。そうはないけど、共有できた時はなかなか感動する。かつての時が「ああ、二枚重なった」と厚みを持ってくるうれしさ。なのだろう。
そうした曲には、時間を見事に逆戻りさせる速度感がある。
タン、タ、タ、ターン、大野克夫のギターのリフが時をスベらせる。
自分がいる今の時に揺れを感じながら、首都高、横羽線の下り坂をクルマが沈んでいく。
タン、タ、タ、ターン、木之内みどりさんが歌う「横浜イレブン」です。
○
横浜イレブン 横浜イレブン
あんたの傷を いやすのは
海鳴りより 土砂降りがいい〜
真夜中、生麦ランプを過ぎたあたりで、やにわにこの曲が聴こえてきた。
窓の左側には、ちょうど日石のネオンに飾られた偽の近未来都市が見えていた。映画「ブレードランナー」のモデルになった非日常の風景。揺れるネオンと、建物の周りを囲んでうねっているパイプの曲線。照り返す、色の光の揺れ。
話が上手すぎる。上手すぎるけれどほんとうの話だ。ぼくは思わず目をつむって下を向く。危ない、カーブだ。「そうだ、あの時もそうだ」。いろんなことが浮かんできて止まらない。
大野克夫なのかな、ギターの跳ねるようなリフが、記憶の壁を揺さぶる。
バックミラーに 写る横顔
どこか昔の あいつに似ていると
深いため息 ふともらす〜
ぼくのだらしなくも未完成の小説『ピンボールの夢』にも書いたのだが、かつてぼくは正真正銘の横浜の不良少女とつきあっていた。それはもう木之内みどりとは少しちがう、女性だった。
木之内みどりはとことん清純そうで、こんなハスッパな歌詞を歌う子には到底思えないし、実際そうなのだろう。この落差は、横浜の空中に架空の時空間を作り出す。
つまりだ、この架空の世界は非日常なのだ。だから、この世界に入り込めば誰でも架空の人間になり、普段とは違うシャツを着て、空を飛ぶ。迷い込んだら、それこそ抜け出しにくくなる。
不良願望だったり、家出願望だったり、いけない恋愛願望だったりが一気に込み上げて来る。
大黒埠頭を過ぎる。人生がウシロに加速する。そして、ついには歌の中の一人になって
(あんたと出合うために、ぼくは生まれてきた)
とまで、言いたくなる。ぼくはかつて横浜でそんなことを、言ったかなあ。思い出せない。だから走るクルマの中で恥ずかしさ半分で下を向きそうになったりする。
そんなセリフが ドキリとさせる
ここでおちたら あまりにできすぎだから
私は気のない 生返事〜
数多いアイドルソングの中で、ぼくはこの曲がいちばん好きで、名曲だと思っている。かりにもうまいとは言えないさ。リフレインで、あまりの単調さに誰かが手をこまねいたのか、それとも曲への愛情なのか。ディレイをかけた(世間風に言えばエコーをかけた)木之内みどりの声が二枚に重ねられ、霧のように少しハスキーになっている。
声の霧が、ノースピア(北埠頭)を流れていく。
うまい下手を超えて、霧のような歌が流れ、時は放浪しているよ。
あー、そうだね、ぼくは宙に浮いている。あの時代の、あの空に。
「自分の身にいつか起きて欲しい非日常性なんだろうなあ」といまさらながら思う。ぼくはと言えば、学生でなかったら、あの頃どうなっていたかわからないなあ、そう思う。
幼稚な人生の始まりの頃。幼稚な人生は、幼稚な人間に巣食っていた。次から次と後から気恥ずかしくなることばかりだが、その時は気づかない。
横浜イレブン 横浜イレブン
車のライトを 消して待つ
今夜はどこでも いく〜つもり〜
ドキッ。この呼吸がわからないから、永遠にガキなんだろうな。ぼくは当時を思い出して少しうろたえる。
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