東京弁ってのはなにか。こういうのって原理とか理屈で書こうと思うと長くなるんだよね。それに面白くない。
はて、さて、どうしたものか。文字で見せようとするからいけないね。すぐ気がつく。映像で見せようと思いました。そこで、東京弁3人衆。東京弁を上手に使う俳優の映像を持ち出せば、すぐわかるという方法。ただし3人衆、全員故人です。それだけ本格の東京弁が遠くなっている証拠ですね。
まず有名な二人。宮口精二と中村伸郎。東京弁、ま、東京ナマリですよね。このナマリが映像の中で行き交う姿を出したかったら、この二名を使えばいい、とたくさんの監督が試みています。小津作品が良い例です。
宮口精二は「七人の侍」の剣の達人、久蔵がいちばん有名。もちろん「七人の侍」の個性は素晴らしいのですが、それより下町の「東京弁の津人」というのが通好み。もっとも美しい東京弁を話す人と評価されていました。
美しいと言ってもね、単にきれいなというわけではないんですよ。東京弁はイガラっぽいのが特徴で、きれいな発声ではありません。
「寅さん、あたしは…何もできなくて、娘に頼りっきりで」
「男はつらいよ・柴又慕情」です。
次は中村伸郎、こちらは山の手風「東京弁の達人」です。(田宮二郎主演)のテレビ版「白い巨塔」の東教授が有名です。東教授の役が似合うくらいだから、宮口と比べるとやや硬い調子、山の手調です。
「私はねぇ、財前君には少し控えてもらいたいと思っています」
などとやります。
中村伸郎は宮口の先輩で、宮口は中村の代演ではじめてセリフのある役についたそう。同じ東京ナマリの縁が作り出す俳優の伝説です。
どちらもノドにかかる感じがあるでしょ。イガラっぽいというか、かすかに浪曲っぽいというのか、(ぼくに言わせれば)何とも渋いにごりががあるわけです。これがいちばんの味で、他にも、二人の声より少し極端な例になりますが
「お前(めぇ)はなあ」
「だい(でぇ)好きだ」
「ぇ」の音が強くでるとか、「ひ」が「し」に(同じにならないまでも)相当に寄っているなどがある。で、ね、これがどんな繋ぎかと言えばベランメェが近代化されて行った名残りかと思うのです。でもまあ、いちばんの味は書いたように「渋いにごり」で、東京以外では年寄り臭くなったりするのでしょうが、東京弁では何かこう男の活気、はたまた(行きすぎかな)粋みたいのがどこか残っているのですね。
二人の名人は、二人とも東京育ち。絵に描いたように下町と山の手出身です。落語の話で何度も言い続けている
「江戸生まれじゃねぇと噺家は無理だよ。江戸の風、吹かねぇ」
の産物であることは違いないとこです。
ひとつだけ補足。あのNHK語は、どう転んでも東京弁じゃないからね。妙に澄んだ声を出しやぁがって
「とんでもねぇ」
およそ人の味のない言葉だね。ところがねぇ、近頃、噺家でもNHK語がいるんだよ。それが、すっかり古典派だったりするから弱るよね。聴く方も耳が追いつかなくなってきたのかもしれない。情けねぇ。
柳家小三治の声跡(こうせき)は、今思えば人間国宝の価値があったなあ。
というわけで東京弁の名人話でした。
「え、え、三人じゃないんですか」
と、しこもこ小芝居をするのは、ぼくの考えた新説なんで別枠にしてご意見をと思うのです。下町、山の手とくればど真ん中、東京のど真ん中といえば銀座です。銀座生まれで泰明小学校卒、と言えば殿山泰司と思うでしょう。
タイちゃんの先輩。タイちゃんが頭が上がらなかった人。信欣三です。
この人の東京弁も実に筋が通っている。にごりもいい、節もいい。わずかにかかるベランメェの音感がいいんだなあ。
「タイ、お前、俺の言うこと聞いているのか」
酔っぱらっちゃあ、寿司屋のカウンターに胡座をかいて意見をしたそうです。
少し前「楡家の人々」の話をしました。そしたら、ぼくは思いだしました。信欣三を子供の頃からずーっと尊敬していたってことを。どこを、どこから。青山の脳病院の記念日に自らタクトを振る院代(院長代理)、信欣三。曲が終わっても一心不乱にタクトを振り続ける。その狂気に憧れちゃったのさ。
その狂気の背中の動きは、戦争に向かう東京人そのものでした。
というわけで、東京弁3人衆。生存者なし、なのですが。
3人衆ともすぐれたバイプレーヤーなのでたくさんの映像が残っています。ぜひ、一作づつでも見てください。
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