舞台にはほんの少しの光しかない。板の上にこしらえた闇夜だ。それにしても暗い。目を凝らさなければ、ほぼ舞台の上は見えない。背景には、一面になった黒い布が下がっている。のっぺらぼうの黒。ただそれだけで他に何もない。
舞台の下手から早足の男がやってくる。旅姿の渡世人だが、闇夜の烏(カラス)のように黒ずくめの姿。声はなく、道中傘を目深くかぶり、先を急ぐ。薄い光、黒が黒に溶けている。床をける早足の音。
タッ、タッ、タッ…。
黒ずくめの男の動きに合わせ、闇の中にうずくまっていた黒い影が動き出す。
「あっ、人だ、人がいる」
はじめて観客は気付く。
しかし声もなく、黒い影は動きを続ける。カシャ、かすかに鍔なりの音がする。
真っ黒な筒っぽの衣装、黒い襷掛け、12、3人の喧嘩支度の男が黒い旅人を挟むように近づいていく。待ち伏せを仕掛けた、追っ手なのだろう。
カシャ、カシャ、カシャ…鍔なりの音が続き追手の殺気の行き先を教える。
バサ、バサ、バサッ…。
人の肉を叩く音がハコの隅まで鳴り響き、旅姿の男は追手達の真ん中を裁ち切るように割って行く。
ウッ。ウグッ。
ほんの少しの、押さえ込んだ小さな呻き声だけが聞こえる。
しかし、旅姿の男が叩いた音は、そんなものではない、もっと凄まじいものだった。
皮膚が裂けた音。肉が砕けた音。その痛みをこらえる小さな呻き声。この殺陣を凄まじい仕上げにしているのは、人の生身の体だと教えてくれる。
暗い夜の、見えない血飛沫が飛ぶ舞台。
切り抜けて脇差を収める、その一瞬だけ男は後ろを向く。無言のまま去って行く。暗い空の舞台だけが残る。
新国劇。沢田正二郎が創始した壮士芝居は本気の芝居を目指した。だから本身の刀を使うことも多々あったと言われている。
戦後、辰巳柳太郎、島田正吾の二枚看板で新派と並ぶ「東京芝居」の一翼を担っていた。新派と違い壮士芝居をはじまりとする新国劇は、本気の斬り合いが劇の中心になっていた。
上の舞台は「国定忠治」全5場、「山形屋のりこみ」に続く「山崎街道の場」だ。主役は辰巳柳太郎。
辰巳の国定忠治が二足の草鞋を履く悪党、山形屋藤蔵(二足の草鞋とは十手を持つヤクザのこと)の家に向かう。そこで、
「藤蔵、皆さんを泣かすのも、いい加減にしろい」
と脅すようにいさめたその帰り道、
「へん、忠治をひっ捕らえてやるぜぃ」
と闇夜の街道で待ち伏せを仕掛けた。それが国定忠治に返り討ちに会うという芝居だ。
無言の芝居というアナーキーぶりには、明治以来の「東京芝居」の矜恃がある。
闇夜の無言、肉を打つ音。東京の目指すリアリズムとはこうゆうものだ。何ひとつ理屈を言わず体で「東京美学」を教えている。
この演し物は、大衆演劇でもよくかけられたものだが、大衆演劇の小屋では舞台は明るく、殺陣も型どおりすすめられけが人が出るなんてことはないそうだ。
だが新国劇がこの演し物をかけると、必ず何人かがけがをしたと言われている。辰巳柳太郎に聞くと、
「加減なんてしたことぁねぇよう、人を切るように切った」
となんとも無造作に語っている。
(「当時の」としてください、田舎芝居と東京芝居の差がアリアリとわかる言葉です)。
斬られる一番手には必ずと言って良いほど辰巳の弟子が待っていた。東京・早稲田の生まれで、遅い弟子入りをした男だった。
バシッ…。
辰巳柳太郎のまるで手加減のない一太刀を受け止めるたび、遅くなって弟子入りした男の本気は鍛えられ、凄まじい殺気を帯びるほどになっていった。
弟子の名前は、緒方拳だった。
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