○2008年5月8日日記を書き直し再構成
1
えー、明治以来の噺家でいちばんの名人は誰かと言えば橘家圓喬、これは少し前の噺家どなたに聞いても変わらぬようでございます。
NHKの不人気大河でありました「いだてん」で、森山未来が演じる三遊亭朝太(古今亭志ん生の前座名)が
「おいら、もう、橘家圓喬の弟子なんだ」
とどこに行っても、(仕舞いには警察に留置されても)強情に言い張っていました。ま、ま、これは少し無理があるのだけど、志ん生はほんとにとことん惚れ込んでいたようですね。(名著「明治の落語家たち」にも、志ん生がこだわっている様子が書いてあります)
マツオ鈴木が橘家圓喬役で、偶然でしょうが苗字が二つあるような名で、山崎松尾こと三遊亭圓生師匠みたいでなんだか面白かった覚えがあります。
鉄道の窓から首を突っ込んで
「こいつにはフラがあるんだよ」
と大きな声。旅に出る朝太を、新橋駅まで大師匠、圓喬が見送ります。釣り合わない見送りだが、これが圓喬と朝太の最後の別れになるというシーンです。
で、この圓喬の極め付けといえば「鰍沢」。三遊亭圓朝が、寄席で即席で拵えた三題噺とされていますが、この凄みと申しますか、清艶な色気がすーっと高座から降りて来るようで
「ゾッとするほど、いいねぇ」
という声が出た、とされています。
この「ゾッとするほど、いいねぇ」をハナシのきっかけに、聴いていただきたいのが、金原亭馬生の「鰍沢」です。
えー、(見るからに)渋い、嘘がない。ほんの少しの仕草や様子で噺を伝えていく。地味だけど、品がある、という江戸落語の心髄、とぼくは思っています。書きましたように、なんとも地味なジイさんで、世間風に言えば(極端に言えばですが)なんの魅力もないですよ。ボソボソ話すジイさんにすぎない。それがねぇ、きりりとにじり寄って来るような凄みがある。
(少しネタばらしになるが、)
「甲州、身延山から降る冬の道、
凍ったような風が吹く」
「あー、急がないと冷えて来る…」
高座に雪が降ってくるようだ。
バサバサバサ、あ、雪が枝から落ちた。
「きっと圓喬も、こうだったんだろうなあ」
あたくしはねぇ、そう感じながら聴いていましたよ。
なもんでね、あたくしが、落語を聴きはじめてから今までで「いちばん」と思っているのですが、ま、その感触をですね共有できるものか、えーと、「大丈夫かな」と贔屓ならでは少し不安もありの文章です。
2
「あの、ご新造さん、おかみ(女将)さん‥あの、もし、まちがいだとしたらお許しください」
(「確かこの人は、よく似ているのだけど」)
ご新造さん、おかみ(女将)さんと言ったところで人里はなれた山奥の猟師小屋だ。これでも丁寧過ぎるくらい丁寧なのだが、吹雪にはぐれた山道で命拾いと小屋に飛び込んだ旅の男、ひと心地ついたところでやっとのことで切り出してみる。
「えー、あのー、えー、もし、もしかしたらでなんですが、ご新造さん、熊蔵丸家の月の戸花魁じゃあございませんか」
「えっ、え」
囲炉裏の前の洗い髪の女が、手にした火箸(ばし)をグイと握りしめる。
「いえ、え、あやしいものじゃございません。
どうぞ、どうぞ、御安心を。わたくし主人のお供で熊蔵丸家にうかがわさせていただいたのですが、その節に月の戸花魁のお姿、拝見させていただいて、どうにもおきれいな方だと、こころに止めさせていただきまして」
「あー、そ、そ、そうなんですか」
(ふっー)、握った火箸からチカラが抜け、洗い髪の女から息がもれる。
「いえ、いえね、なか(吉原)のことを突然、言われちゃって、
ふ、ふ、ふっ
あっちも、おどろきましてね」
すーっと半身に構えた女が座り直し、男に流し目をくれる。
あー、これが、いい女だ。
「ブルルル」、ふるえがきた。
なか(吉原)で太夫までつとめた女だ、山鹿のなりはしていてもぞっとするほどの色気だ。
とまあ、これが、金原亭馬生が演じる「鰍沢(かじかざわ)」の冒頭なのだ。
「って、お前ぇの話しは味がねぇよ」にはじまり、まじめすぎる、女が下手だと親父、古今亭志ん生にしかられ続けた馬生だが、こと「鰍沢」だけに限ってはお父つあんでも口出しはできない名人、上手の世界だった。
なにがと言えば、「ぞっとするほどの色気だ」と言った時の様子がいいのだ。
「あー、これほどすごみのあるいい女がいるのか」
「こんな女に目を合わされたら、命まで取られても仕方がない」
という女が目の前にあらわれるのだ。
あの渋い馬生の声に、朝顔の葉にのった露のように、色気がのっている。
細目にした馬生の顔には「さあ、前のことを知っているのなら命はもらうよ」という殺気と色気がないまぜになっている。こころをすっとハスるような切れ味だ。
「鰍沢」は元来が三遊亭円生の話しだったのだが、円生があまり演らなかった時期に、馬生が演った。その評判のよさに、円生が「これでもか」とあちこちでぶつけてくるのだが、それはそれとして馬生の「鰍沢」の人気は一向に変わらなかった。
さあて、と、いまはすっかり着古してしまったが渋い色味の黄八丈、髪をうしろに束ねた洗い髪の女、くるっと振り返ると流し目になる。
こいつは志乃だね、池波志乃。月の戸花魁は、あんたの姿だね。ぼくは今頃気がついた。娘(志乃)が先か、親(馬生)が先か、そいつはどうにもわからない。ま、親(馬生)が先なんだろう。
どっちが先かはともかくも馬生、あんたの「鰍沢」は魔力があった。きっと名人、橘家円喬の話しに匹敵するものだろう。
それほどの馬生が
「志ん生師匠のマネをして、冷や酒をキュウって飲るやつはみんな先に行っちゃった」
と馬風が嘆くように、死んで17〜8年たつかなあ。弟の志ん朝もいなくなって、あー、さみしいなあ。
追記:秘密を明かすような気持ちで「鰍沢」を再構成しました。
読み返したのだけれど、当然なのだが、以前の方が格段に文章がうまかった。
「あの渋い馬生の声に、朝顔の葉にのった露のように、色気がのっている。」
今では到底、書けないだろうと思った。
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