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2024年05月19日06:48

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「夜と霧」と冷房。

 ユーチューブにはびっくりした。なんとアラン・レネの「夜と霧」がアップされていたのだ。ぼくは60数年ぶりで、この映画に出会うことになった。懐かしいという類の映画ではないが、まさかこんなに簡単に見ることができるとは。
「京橋のフィルム・アート・センターに行くしかないのだろう」
そう思っていた。思って30年ほどたっていた。

                  ○

 ドキュメント映画というものはこの「夜と霧」からはじまった、と言って良いのだろう。
 戦争の映像はそれまでも幾つもあった。だがどれも宣伝のためであった(と言って良いのだろう)。偏った映像、作為のある編集。偏ったというのはある意味当然のことで、映画は作為の塊と捉えられていた。こと戦争に限って言えば、映画は戦争の道具だった。

 それを一変させてしまった。映画にドキュメントの文法が取り入れられることで「映画の戦後」が、はじまったと言って良いのだろう。

                  ○

「夜と霧」はポーランド、ワルシャワのユダヤ人収容所「ワルソー・ゲットー」の実情をドキュメントした映画だ。そのドキュメント文法は、驚くほど冷静で、告発する側でありながら静かに淡々と、事実または事実の証拠物を撮っていくという方法だ。
 列車を降りる人、縞の服に着替え、痩せおとえていく人。
 ガスのコック、刈られた大量の女性の髪、その髪でつくられた毛布。
 人の脂肪で作られた石鹸、人皮で作られたランプシェード。
「すべてのものは無駄なく利用された」という内容のナレーション。
 突然、画面いっぱい広がる干からびた女性の全裸死体(ユーチューブではカットされている)
 ぼくは息を飲む、うろたえる。

                  ○

 それまでの映画履歴とはまったく違うものの出現に困りきった小学生のぼくは、直撃されいつもの指定席、一番前の席からずり落ちそうになっている。映像はカラーになり、収容所の前には荒れ草が繁り、線路は覆われ、画面には静かな音楽が流れ続けている。
 この「静かな告発」はわりと短い尺数なのだが、ぼくにはかなりな時間に感じた。

 当時、入りたての冷房が「静かな告発」をなぞるようにカラカラと回っていた。

                  ○

 世の中には(見方によるが)善と悪がある。しかし悪というものには途方もない奴がいるし、時代の中ではなかなか紛らわしいものだ。それにひとたびレールに乗ってしまえば止めようもない。ゲットーの前のレールがそれを物語る。事実はのうのうと図々しく走り出し、歴史を作る。

                  ○

 ぼくは「紫電改の鷹」が大好きな子供だった。起死回生の飛行機、紫電改に憧れていたのだけど、「夜と霧」を見てからそれまでの熱は覚めた。「夜と霧」は小学生の幼稚な軍国熱をだいぶ覚まし、いつかドキュメント映画を作りたいと思うきっかけになった。けれど、ぼくは映画を作る道に進むことはなかった。ただし、事実指向のクセは、この辺から付きはじめたようで(付きすぎたかな)、自分でも残念に思うことがある。

 こころのどこかで「口から出任せ、出放題」の平均(たいらひとし)氏に憧れたりしている。あのくらい無邪気に自由に書きたいな、と思うのです。情けない。

                  ○

 ともあれ、もう一度「夜と霧」を見ることができる時代をよしとしよう。と感じいる晴れた5月をやっと生きるぼくです。
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