最近は、世界史を勉強していて、
随分、勉強できるようになった。
検定もあるが、その内に、だ。
何かに努力して、結果を出すのは、さぞ面白いだろう。
そういうものが欲しい。
今まで、賞状やメダルは求めなかった。
英検4級とか、スポチャン3級とか、だった。
学生の頃は、勲章などいらない、と思ってきた。
まぁ、称号なら、今はあるだろう。
どうなのだろう?
勲章はいらないだろうか?
しかし、例えば、持ってる自分を想像してみて、
何になるか?しがみつくように、誇るだけだろうか。
それなら、いらないかな。
過去の天才たちは、大体、生きてる内には、評価はされなかった。
死んだ後で、評価されるケースが多い。
今までは、善も、悟りのためだった。
一つ一つの悟りが嬉しかった。
ここで説いてきたのは、まぁ、幸せのお裾分けか。
しかし、それが実に成っていく喜びもあった。
私は既に、評価されている。
普通は上げられたり、下げられたりだ。
名声を気にするのは、良い事ではない。
名声は、風のようなものだ。
今、世界、神、命、そういった事に、答えを求めている。
知恵や真理がある。光がある。
答えを出せないものではない。
聖書にも、霊は霊に依って知るのです。だ。
究極の悟り。賢者の道だろうか。
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