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2024年04月08日14:50

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言葉のダマシ絵:「失われていく砂時計」

 なかにし礼を調べていたら、え、え、えッ、あの「シバの女王」はなかにし礼の作詞なんだと見つけました。で、聴いてみるとスゴイわ、日常性なんてホイと飛び越えているし、日本語の境界をギリギリ超えている。と言っても一行なんだけど、この一行が(良い意味での)日本語の特異性を教えているので書いて見たくなりました。

 なかにし礼はすごいとこがあったなあ、ですむと言えばすむのですが、なかにし礼というよりは日本語のすごい能力だなあとも思ったのです。

 その前に、「シバの女王」を歌うスサーナの声の厚みはすごいな。ぜひ、聴いて。この声の厚みは、日本人なら青江三奈くらいしかいないなとか、いや待て玉置浩二かな、などと思いつくのですが、「抱きすくめるような厚み」は見事としか言いようのないものですね。

 ではその詩です。

あなたがいないと 
生きる力も
失われていく砂時計

「失われていく砂時計」の使い方ですね。
 まず何が失われていくか、主語の問題です。文脈からは「生きる力が失われていく」となるのですが、果たしてそうでしょうか。聴く人は「時が失われていく」と感じているはずです。「砂時計」から倒置されたイメージが後から追いかけてくるのです。
 さあ、これがホントの答えだよ。
 そうだ、人生の時が失われていく、つまりそれは死ぬことかもしれない、という意味の連鎖が続きます。
 悪くいえば、日本語の非論理性でもあります。しかしこの文脈を飛び越えていくイメージ性は、日本語の特異性と言っても良いと思っています。位置が不明瞭な言霊(ことだま)が時空を超え、宙を飛ぶのです。
 俳句の季語を思い出すとわかりやすいでしょうか。

 どうして「砂時計」なのか、なんの説明も無く置かれています。
 まずどこに置かれているかさえ掴めません。
 論理的な思考からすれば「意味不明、バカかッ」なのだと思います。ところが成立するのです。というより、この一語がなければ、もうくだらない大甘(おおあま)の詩に成り下がってしまうでしょう。この一語のイメージがこの歌の全体に浮遊する、こんな使い方ができるということ。これは、主語の省略、転移が作り出す浮遊する世界。こんな飛び道具は、日本語しかできないのではと思うのです。

 さて、この部分のイメージ訳です。

 あなたがいないと、私の人生の時間は失くなるし
 それは砂時計のようにサラサラと虚しく流れ落ちてゆく。

 というような感じですかね。ずいぶんたくさんのことを一行は伝えていますよね。ここまで書くとはじめて失われていくものの正体が「生きる力」というより「生きる時間」がふさわしいことが、明瞭になってきます。

 力と時間。言葉のダマシ絵のように、力は時間という語に柔らかにおおわれていく。ゆらゆらと美しいメタファーが曲の大サビとなって流れていきます。
(この効果は、イメージのダブルミーニングという言い方がよいかもしれません)

 日本語は、文学的になかなかすぐれているという素人話でした。

                ○
 
 スサーナのことを知らない人のために。(聴いてもらえれば、説明は不要ですね)

 グラシエラ・スサーナ、アルゼンチンの歌手、菅原洋一がアルゼンチンでおどろくほど感銘し、日本に呼びました。「日本で歌ってください」と。71年に来日し「シバの女王」「アドロ」「時計」と次々とヒットを続けました。

「シバの女王」:昭和43年にチュニジアの歌手が作曲したシャンソン、レイモン・ルフエーブルの演奏が知られています。
 
あなたゆえ くるおしく
みだれた 私の心よ
まどわされ そむかれて
とまどう 愛のまぼろし

私は あなたの愛の奴隷
命も真心も あげていたいの
あなたがいないと
生きる力も 失なわれてゆく
砂時計
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