○2009年01月01日の日記再掲載
天才はいつまで天才でいられるのか。
永遠に天才でいられるわけではない。それなのに天才がとうに我が身を離れたのを気づかず、「らしく」振る舞う姿を見かければ、そいつには思わず目を逸らすしかない。
森進一、この戦後歌謡が生んだ天才は、(想像だが)俗な欲望を大量に抱え込むことで、およそ手に持ちきれなくなってしまい天才を滑るように手から離した。
それは、どういうわけか。
普通の世界、カウンタブル(Countable)な世界に入ってしまうからだ。計算できる世界、領域。天才の世界には、現在の世界にある物差しはるかに超える、見上げるような弁証法的な世界がなければならないからだ。遠く知らない世界に連れてってくれる翼を持つ人、その人こそ天才というものだ。
あーこれ以上、理屈はいけない。普通の人になっちゃったってことさ、純な魂を失ったってっことですよ。
その森進一がほんの一瞬、天才を取り戻した姿。2008年の大晦日の姿をドキュメントしました。
○
おふくろさんよ
おふくろさん
空を見上げりゃ 空にあり〜
ちょっと時計を見たりしながら何年かぶりに大晦日のNHKにチャンネルを合わせた。森進一の歌う頃にあわせてね。あの、もはやブヨブヨに才能を変型させてしまった天才が、どれだけかつての天才を取り戻せるのか興味があったからだ。
森進一はかつて「慟哭少年」呼ばれていた。
森進一は、かつて天才であった時のように、素裸の人生をさらした少年の姿で「泣く」ことができるのか。人間なんてもとに戻ることなんてできないわけだから、完璧に「慟哭少年」になれるわけはない。そこまでは期待していない。
「ほんの一瞬でいい、天才を取り戻して欲しい」
それくらいの願いだ。
その時、本人は自分の姿におどろくのか、とまどうのか、泣き出すのか、平然とやりすごすのか。そのほんの一瞬を見ることで、人生というものの不可解さがほんの少し見えてくるのか、と、まあ、思うわけです。
雨が降る日は 傘になり
お前もいつかは 世の中の〜
歌いはじめた森進一は緊張していた。
(推測だが)コラーゲンをめったやたらにうちまくった(ような)森の顔は、あちこちが緊張でかたまりまるでコブだらけになっていた。
しかし、どうやら本気らしい。
振り絞る、振り絞る、振り絞る、声を振り絞る。
それが顔の緊張をとき、人工的なコブをひとつひとつやわらかくし消していった。
傘になれよと教えてくれた
あなたの あなたの真実
忘れはしない〜
2コーラス目に入ると、目が輝き、そいつを撮るためにカメラが寄っていった。
声はかつてのように高く、太い、すすり声が聴こえていた。
そうして音階の上下にかすかにずれていく、森ならではの「泣き歌」になった、なったところでぼくは一瞬、不思議な表情を見た。それは、それまでの森進一にない顔だった。
声を振り絞り、カラダの中の空気のすべてを空中に投げだし、「もう何もない」と訴えている顔、何かを求めている顔。少しゆがんではいるが、顔の要素が中央に集まり、そして、目線はカメラのずっと先、遠くを見ていた。
「あれ、この顔はなんなのか」
少しづつ思い出してきた、それは森進一の母親の顔だった。
ぼくは、たまたま亡くなった森進一の母親の顔をよく知っている。だから、わかることだ。
ああ、まったくうりふたつの顔だ。
母親の顔をした「慟哭少年」は、やがて歌を終え、ほっと安堵の表情をみせ、深く頭を下げた。
「おふくろさん」を歌い、おふくろの顔が乗り移った歌手。
一瞬のドラマは実に意外な展開で終わり、ぼくはまた人生の不思議さに敬服するばかりだった。
おふくろさんよ〜、
ぼくも自分の母親を思いだしながら歌ってみた。
○
50歳半ばを過ぎてから森進一は、天才をいくらか取り戻しはじめた。
あの難しい「東京物語」をやっとまともに歌えるようになったのだ。けれど世間はもう振り返りはしない。スワンソングを歌う歌手にしか見えなかったのだろう。
いっときすると森進一は、また俗な歌手に戻って行った。
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