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2024年01月22日02:50

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落語「上手い・下手論」��

○2008年12月10日の日記再掲載

 落語ってぇのは、なにが上手くて、なにが下手なのか。そいつを聞き分ける、簡単な落語の技術論はないのか、さて噺家は何を企んで話しているのか、と思っていたら、以前、�な咾吠�けて書いたものがありました。
 実にうまく説明しているものもいくつかあって、再読していただければと思っちゃいました。はじめは当たり前のことが多いのですが、段々熱心になってきていいところが出てきます。本人が言っています。

 出てくる人物のほとんどが故人という素晴らしさです。いわば落語の壮大な歴史ドラマ。オーバーですが名人たちの名人らしい声がかすかに届きます。

                   ○

 噺のどこを持って上手いとするか。幾分、趣味性が強いとも言えるのですが、ごくかんたんな落語講座と思って見てください。

 言葉が刈り込まれ端正な姿になっていること。まずこれかな。

 言葉が盆栽のように、銀閣寺の庭のようにきちんと刈り込まれ、端正な姿になっていること。代表は名人、先代桂文楽でしょうか。余分な言葉のない状態というのは、ま、一言で言えば品がよいのです。
(ただし「過ぎたるは及ばざるごとし」ですから絵葉書のように出来すぎはイケません。嘘になります)

 品のよい言葉使いというのではありません。たとえ職人言葉であっても姿が、品がよいのですね。そして、嘘のない噺、正直な噺となって相手に伝わります。

 この語りの「正直な感触」こそ、「品のよさ」の核心です。違う言い方ををしましょう、結局、落語は正直者のドラマです。(これはオイオイ話をします)だからこそ、ここまで続きました。

「そうかい、お父っあん、バクチを止めたのかい。
 それで、それで⋯お母っさんのこと、なにか言ってたかい。
 なにも言っていなかった。そうかい、そうかい」

 余分な形容詞さえ省いて、すっきりさらっと芯のところだけで語っていく。すると形容したりする演者の余分な作意も乗ることもなく、上手く演れれば、側(がわ)のところではなく内面の芯のところで伝わっていくのです。

 次に、説明語りなどを極力さける。

 落語というのは、気分の中で伝えていくもので、説教くさかったり、押し付けがましくなったりするのを嫌うためです。説明語りが多い噺を、くどいとか田舎くさいなどとも言います。
 よく例に出されるのはやはり桂文楽で
「四万六千日となりまして⋯」
 と枕の頭に振る、あの「船徳」のド頭(あたま)の伝説の一行です。

 お暑い季節になりまして、というのを「四万六千日となりまして⋯」という言葉で、時代の気分と共に一息で伝えちゃうのです。

 昭和の名人、三遊亭円生はここんところに少し難がありましてね。ちょいと能書きを差し込むクセがあって、そんなこんなも含めて
「中国の留学生」
とからかわれていたのです。
「吉原と申しますのは」とかひと下り、語っちゃうのですね。

「階段をトントントンと上りますと、
 奥には部屋がありまして、そこには花魁が待っています」
と演るのと

「トントントン、上りますと、
『よう来てくんなました』
 奥から声がかかります」
と演ることの差ですね。

 噺家になったつもりでちょっと口の中で演ってみてください。演ってみるとよーくわかるはずですよ。しかも夢の実演です。順序よく説明を進めたいのか、気分を上手く伝えたいのか、その差です。(説明で入ると聞き手はどこかサメちゃうところがあるものです)

 次は間ですかね。

 これは主観が強くて、説明が実に難しいところですが、(小さな時間の中で)聞き手が感情移入しやすい「時の空間」、スキマがあると思ってください。ごくごく小さな感情移入の「時のスペース」。そして噺(はなし)という生物から出てくる心臓の音、調子でもあります。それを聞き手のこころのペースをよく計って、気分のいい空白と調子で噺をすすめる、ま、人間工(心)学に沿った技ですかね。

 いちばんかんたなところから例を言えば、はじめは小さな声ではじめる。充分、引き付けたと思ったら普通の調子に戻す、などがあります。けれどこれも上手ければの噺で、下手だと
「聴こえねぇぞ」
とかモロに「けんつく」されます。俗に言うキザな噺にも聴こえます。小朝なんて危ないくちです。

 間自体が、その人の個性そのもので一様には言えないところ。全体で言えば、間は落語という歌をつくる調子の一部と考えると、わかりやすくなります。
「この歌はオイラに合うねぇ」は「この間はオイラに合うねぇ」
と同じでカラダがとらえていると考えると良いのでしょうね。

 こんな3つくらいがほどよくおさまって、おかし味につつまれた状態が、ま、名人、上手というわけです。

 かつての安鶴(安藤鶴夫)さんの趣味と思われるかもしれませんが、江戸落語とは、ま、こんな気持ちで聞いていた人が多かったのです。

「おもしろければいいじゃん」
って言うのももちろん大アリで賛成です。でないと三平みたいの出てこないし、新味も生まれないわけですし。

 歌丸のとこでちょこっと「上手い・下手論」を書いちゃったので、その説明です。やっぱり説明は田舎くさいかなあ、と思いつつ、です。
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