ガンベルトを下げた二人の男、西村康稔とシェーン。西村のカメレオン顔がシェーンを睨(ね)めつけるように上目遣いでにらむ。あと数秒で火蓋が切られる。
突然とお思いでしょうが、正気です。
実は、これは世襲議員と戦後民主主義との最後の決闘を画にしたものです。
「おいおい西村康稔は世襲じゃないよ」
いえいえ、岸信介の番頭、吹田晃の女婿で地盤を受け継いではいないが極めてしたたかな世襲です。弱そうに見えるがところが強い。特に精力が強い。
シェーンはアメリカからやってきたガンマン、本名は戦後民主主義くんです。様々、戦後日本をさまよってきて名もなく貧しく生涯を終えようとしていたのだが、最後の仕事を見つけました。西村との決闘です。
「少々のことなら仕方ない人間社会のことだから」
シェーンは常々そう思ってきた。ところがだ、知らぬまに世は腐っていた。
西村は、親子3代(7×7×7)343光という世襲力を持つ安倍にゲソを寄せてから「人間が変わったねぇ」すっかり世の中を舐め切っていた。
「次の大親分に出しときな、損はないからさ」
みかじめ料は取り放題、わかいうちは写真で我慢してきた女体だが、いよいよカメレオン舌が伸びちゃった。ジュパッ、ジュパッ。婿殿、開眼だ。
さーて世襲だ。たくさんの世襲野郎はいるのだが、
「さあこの時期でひとつ段落をつけなきゃあ。死んで見せてやるしかないじゃあないか」
シェーンは決心して西村と対峙した。
町のあちこちには世襲ガンマンがうろうろしている。そしらぬ顔をしているが、時に応じて俺に銃を打つだろう。様子見が得意なそういう奴らだ。
シェーンの味方はあの伝説の連射だ。一発目を打った右手指でトリガーを引きっ放しにして、左手で撃針を叩き続けるのだ。ダ、ダ、ダ、ダッ、ダッーン。一秒間で6発、というあっという間の早打ち、戦後最高のアクションだ。(この動きは映画「シェーン」を見てください。ぼくの書いてる通り動きますよ)
「うまく連発できれば、くだらない世襲を相当道ずれにできるだろう」
「失敗したら。それは世の習いさ、倒れて死ぬ。運が良ければ誰かが跡を継ぐ」
シェーンはつぶやく。
突然の西部劇で失礼しました。
なんでこんなカリカチュアを描いたかといえば、世襲議員は戦後民主主義と敵同士だということ伝えたいのですね。世襲議員については様々な評があります。けれどね「世襲議員は戦後民主主義の敵」というのがこの物事の核心なのです。みんなわかっていないし、それがいやはや心配なのです。
日本人がはじめて手にしたアメリカからやってきたシェーンこと戦後民主主義くんは、みんなの味方で日本の伝統的な権力から多くの人たちを救い出す唯一の道だったのですね。順調に進んでいた。ところが敵もさるもので手を替え品を替えジワッと復権してきた、その方法が世襲なんですよ。
わかってましたか。でね、いよいよその結節点が来たらしいのですよ。あのー、なかなかほんとにしてもらえないでしょうが、後年、この時期をぼくと同じように「民主主義の結節点」といろんな人が呼ぶと思いますよ。というのはねぇ、「一億総中流」から「格差の時代」になって、そろそろ次の時代探しをしているのがいまなんですよ。
シェーンの最後の戦いに、あなたはどちらの味方をしますか。無理強いはできないよなあ。豊かな時代は、ジャニオタのような社会的変態を生むしね、不透明で結果は余談を許さないものがある。
一月万冊というコラムで元博報堂の本間龍さんが
「俺は、生まれてから一度も自民党に投票したことがないよ」
と言ってました。これをシェーン魂と呼んで顕彰したいですね。
バキューン、あっ、最後の弾だ。ターンブルウィードが死体の前を転がっていく。隠れた。どっちだかわからない
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