○2008年10月20日の日記再掲載
落語というのは、けだし不思議なところのある芸でね、ある程度“じじい”にならないと、芸がまとまらない。
というのは本人の顔と登場人物の顔の出具合というのがあって。若いうちはどうにも本人の「俺が、俺が」がひょこひょこ覗いて、なかなか登場人物が生きてこないんだな。
若い落語家の話しをぼくの意見を思い出しながら聞いてみて。
「なるほどね」と思うはずだよ。
あの、目立ちたがりの談志でさえ若い時から、「俺が、俺が」がでるのを極力押さえていたよ。
「待ってました、談志。名人」
なんてかけ声をかけられるのをほんとに嫌がっていたね。
志ん朝もそうだった。ふたり共、かけ声をかけられると頭を下げっぱなしにして、治まるのをじっと待っていたね。その姿も、どうにもいいもんだったけどね。
同じような意味で熱演というのもよい方向に働くとはかぎらないんだ。落語家の世界で言うところの「クドイ話し」になりやすいだね。
ひとり芸という特殊な芸がつくるんだろうね。役に没入すればするほどいい芝居になる役者とは、どうやらちがうようだね。
で、なにがと言えば、飄々(ひょうひょう)というのが実に大事なんだ。
なんとも力まずに、飄々(ひょうひょう)と語ることで、八や熊がへろへろって動き出す。これが、落語の世界なんだ。
でね、いまひとつ難しいのは、作った飄々は、これ、だめなんだなあ、身から出たものじゃないとね。
「あなたねぇ、飄々なんて不思議なものはつくれるものじゃあ、ありませんよ」(これ、円生の語り口)
「あたしらの商売ではフラと言いますがね、フラがあってはじめて話しがフラフラ動きだすてんでね。あたしもね、ずいぶんこれには苦労しました」(これは志ん生です)
えー、えー、そうでございます。
あの昭和の名人、円生もまじめすぎて
「どうにも裃(かみしも)がとれないよね」
とかカゲ口どころか、おおっぴらに言われていたんですね。で、どうやら立派に“じじい”になってはじめて、フラフラするようになってきたんですね。
えーと、話しは戻りますがダメな話しの代表「クドイ話し」の、その代表は柳家かえること鈴々舎馬風だったんだけど、あの「クドイ話し」さえここんとこすっかりよくなっている。(これ、いちど、話しましたよね)
そのあたりに落語という芸の心髄があるようで。
どうも本人の命が希薄になってはじめて、登場人物の命が動き出すということなんだなあ。だから落語“じじい待ち”となるわけ。(と、ある中学生は考えたそうですよ)
「なんだかもう、落語ばかりですっかり浮世離れしちゃって」ではじまり、
「本人、死にそうになったら、体を人物に乗っとられちゃた」となるんだなあ。
でねぇ、落語家たち本人もみんなそれぞれ承知して“じじい”になるの待ってるんだけどねぇ(これ、ほんとの話しですよ)。待ち切れなくて、死んじゃうんだからいけないよね。柳家かえること鈴々舎馬風の「次の会長」状態だからね。
みんな長生きしとくれよ、芸のためだ。
○
文中の談志と志ん朝の様子ね、これまさしく九鬼周三「粋の構造」に出てくる意地とか張り、と呼ばれるもので、これが普通に「いいねぇ」と思えたら「江戸前」が分かってる人と言えるかな。
“じじい待ち”というのは、ぼくが中学生の時につけた題。ほんとかなと思うでしょうが、ほんと。落語がなにが大事という議論を周りの大人に仕掛けられて、こんなものかいなと“じじい待ち”論を持ち出したのがはじまりです。
「これねぇ、“じじい”になんねぇと、わかんねぇよな」
とか言っていた談志の言葉と合わせ、60年近く続けている論です。
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