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2023年11月21日22:18

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可楽の薬缶とヤニ声。

○2007年02月19日の日記を修正

 八代目三笑亭可楽、麴池元吉の可楽の味の再現を試みました。
 味だからねぇ、上手くできるか。
 でも、まあ、いいやねぇ、大概のものはよく知らねぇんだから。  
 そこそこでな。おう、幕あげてくんねぇ。

           ○

 可楽の家に行くと、
「おう、あがんねぇ」
 と奥の部屋から本人の声がかかる。昔の家の作りで三和土をあがって奥の6畳間は、ほの暗い。上がると長火鉢が居座っていて、そこに掛けた小さな薬缶から、酒をトクトクトクと注いでくれる。薬缶だよ。アルミでお茶の急須のひと回りくらい大きいやつ、昔あったんだね。

 しみったれた様子が、いいじゃないか。

 戸山町、今の国立病院のまわり、明治以来、陸軍のまわりにぐるっと法務関係の家が取り巻いている土地柄なんだけど、おっと、可楽、法務には関係ねぇよ。どっちかって言うと、捕らえられちゃう方だ。

 とにもかくにも酒が好きだった。
 だから酒を飲む仕草にも筋金が入っていた。必ず「チユッ」と舌を鳴らしてから、酒をうまそうに飲む仕草に入る。この酒を飲む様子をみたさに通う客もいたくらい。舌を鳴らすってのは、いまはどうなんだい。よかねぇんだろう。なもんだから、この音にさえ説明がいる。「世の中変わった、紅茶にソネット」なんだよな。どうだ、古いだろ。

 下唇をちょいとズリ出して「チユッ」だ。
 瞬間、なんだか口うるさい、界隈の主みたいなジジィがヒョイと立ち上がってくるよ。

「えー、毎度のお運びで、ありがとうございます」
 この「えー」からもうほかの落語家とはすっかりちがっていた。ちょっと舌足らずの発声から、奥歯でかみしめたような独特の声がでてくる。脂(ヤニ)っぽい声。キセルでタバコを吸う人の声だねぇ。

 三笑亭可楽、通好みの中の通好み、もはや伝説の落語家と言っていい(と前回は書いたのだけど間違いなく伝説だ)もはや誰も知らないんだから。その可楽の味は、実は、この独特の声にあったといまでも思っている。

 言わば、脂(ヤニ)っぽい色をした声、人生を煮染めた声ですよ。えー。
「ひとつ世の中に文句を言おうか」という様子なのだが、そこは芸人グッとおさえているんだね。その我慢の加減が、いいジジィぶりなんだねぇ。

 こいつには言われがあってね、相棒の古今亭志ん生が
「麴池よ(麴池元吉が本名です)、オメェよお、その愚痴っぽいの少し抑えてな。陰気が出ていけねぇよ」
と言われたらしいのだが、どっちも居なくなちゃってほんとのとこはわからねぇ。

 ま、この声、キセル声があればこそ、人生の酸いも甘いも知り尽した男が目の前にやって来て、ゆっくりと話をしてくれる、という有り様がまざまざと現れるんだね。

 ポン、ポン(キセルの灰を落としました)。

「おい、大家。熊は、ほれ、この通りフグで行っちゃった。これから通夜なんだが。すぐに一升、持ってきちゃくれねぇか」

「な、なんで、なんで、わたしが一升、持って行かなきゃいけないんですか。熊が死んだのなら、こりゃお祝いだ。赤飯でも炊こうってのに……なにを、弔いに、一升なんぞはもってのほか、金輪際ですよ」

「おい、紙クズ屋、大家さんに。カンカン能を見てもらえ」
 言われた紙クズ屋、ひょいと立つと「ラクダの熊」の脇に手を入れて立ち上がらせ、

「カンカン能、キュウレンソー」
 紙クズ屋、やにわに死人の熊を抱えて踊り出す。

「紙クズ屋、大家さんに、よーくツラを見せてやんな」
「お別れだー、なあ熊。世話になった大家さーんに、ツラを、ほれっ」
挨拶がわりに、首がガクッ。

(これには大家もさすがに閉口して)
「ウヘェ、ヘェ、ヘェー、わ、わ、わかりました」

 フグに当たって死んだ「ラクダの熊」の死体を、強欲大家の目の前で踊らせて、しこたまふんだくるという落語「ラクダ」なのだが、ここで可楽は力みもせず、笑いもせず、たんたんと話をすすめる。

 おしつけもせず、熱演もせず、ただただ“たんたん”だ。つまり、これが可楽の味。(落語評で言えば、可楽の「ラクダ」がいちばん残忍となっています)

 可楽にとって、人生の機微とは“たんたん”ということなのだ。大騒ぎするのもおかしいし、まして泣いたり吠えたりなんてそりゃもう嘘に決まっている。
「嘘は芸にならねぇよ」
 とでも言うのでしょうか。
(そう言えば、本人も高座の上で笑ったことなどとんとなかった。少しひしゃげた顔で、ニガ笑いをするくらいかな、思い出すのは)

 けれど、舌足らずの、脂(ヤニ)声が、“たんたん”の中に味をしみ込ませる。さて、この味なのだが言ってみれば、蕎麦のツユだ。うすいようで濃い、サバブシとカツオが一体になった人生を煮染めたほんものの濃いツユだが、蕎麦チョコに結構長い時間残っていたもので、うっすら苦味がある。悪く言えば、貧乏くさいが、甘味が枯れた味。

 このツユの中で蕎麦(つまり人物)は、歯ごたえだけあればよいのです。

「ほうら、じじいになってみりゃわかるのよ。物事の芯は、大さわぎする中にゃありゃしない。いわば味なのよ」
と一言も言わずに教えてくれる。この「大さわぎ、するんじゃねぇ」という辺りが真骨頂なんだろうなあ。

 可楽の味は、少し苦い人生を煮染めた辛口の蕎麦のツユ。
「あー、そういう蕎麦を悔いてぇなあ」と言っていた、たくさんのマニアも順番に行っちゃた。どこへ。いや、まあ、遠いとこさ。 
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