○2008年07月02日の日記再掲載
ぼくのわかい時、ぼくのところにライターを目指して何人ものわかい人がやって来ました。実際のところなんとかものになるのは、10人に1人いればいい方かな。でも固い志望の人がやって来て、この数字だから相当のものだね。
でね、そこでつっかえるのは、下に書く小児病が多いんだな。
ある種、見栄みたいなものが気持ちの中にラザニアみたいに挟まっていて立ち止まるのだけど、この小児病を上手く乗り越えると大体なんとかなるみたい。
○
「えー、ぼくはこんどの仕事で完璧を目指します」
「ぼくはいつも完全を目指します」
そう言って、一行も前に進まない若い人に出会うことが実に多いのだけど、
「あー、この病気をどうやって直してやろうかな」
いつもそんなことを考えていたな。
完璧な書き出しの一行が天から降りてくるのを待って、
「ウーム」
と原稿用紙を前に瞑想したりはじめるからね、世界は広い。
結局言えることは
「完全なことなんて、ないよ」ってことなんだけど、真面目な若い人にとっては、いいかげんなことを言うやつと、とられてしまって逆効果になったりするからむずかしいよね。
これねぇ、もう少しカミクダイテいて言うと完璧主義という名前の小児病なんだ。
よしんば限り無く完璧に近づいたとしよう。けれどその瞬間にアラが見えてくるものなのさ。とくに本人にはね。
これが本人には「気になって、気になって」仕方のないものになる。
そこで、また格闘をはじめる。なんとか解決に近づくと、またまた気になるものが見えてくる。というくり返しで結局はヘトヘトになるまでやってみる。そのヘトヘトのはてに、なんとか仮のゴールをつくり出しなだれ込む、という様子になるのかな。これは、これで、悪いことではないけど、ことこれがイメージの問題になるとキリがないからね。
で、まあ、そんな時にはぼくはこんな話しをします。
「昔ね、ヘーゲルというおじさんがいてね。あるものを完成させると、その瞬間に、もうあたらしい矛盾が生まれてくる。なもんで世の中のすべてのものは変化を続けて行くことができると言ったんだよ」
など言うのです。
上手く書けなくて、頭がジーンと痺れていたりすると、瞬間、ポカンとします。
ぼくらの世代ならすぐにピンとくるのだけど、どうも最近の子は根本的なものに無学が多いものでね。
完璧や完全を目指すんじゃなくて「自分の昨日より、ほんの少し先」を目指せばいいんだけどね。(えーと、これはスガシカオの詩の一節と同じです)
あの、なんでこんなことを突然、言うのかというとこうした小児病のカゲに女性教師の存在があるのじゃないか、と思うわけ。男ってアバウトなわけだから、「ま、いいか」ってなもんだけど、ただでさえ真面目な女の人が教師になったら真面目の自乗でしょ。
真面目の自乗にものを教わっちゃうと危険だよ、小児病のもとだよ。
で、まあ、完璧主義という名前の小児病がどうもどんどん世の中にはびこっていきそうなので、原因究明方々、書いてみたのです。ちなみにオームの人たちなどの発生のはじまりは、ほぼこの小児病だよ。
ログインしてコメントを確認・投稿する