○2007年2月7日の日記再掲載
ヨッシーくんはW大学に住んでいる学生(院生)です。いいえ、通っているのじゃありません、住んでいます。昔、五木寛之が九州から寝袋ひとつでやってきて、文学部の前、穴八幡の床下に住んでいた、という有名な話があります。
でも、ヨッシーくんの場合、五木寛之ほどの悲壮感はないようです。塙竜五郎もいないし、ハーレー・ダビッドソンも出てこない。前回(9月7日)はガタガタのママチャリが、出てきました。
しいて言えば二文と言うのが同じくらいかな。平成のゆるゆるのW大学の様子です。
○
「コバちゃん、きみもいっしょに住まないか」
住まないかと言っても、そこは学校なので、コバちゃんはいささかビビった。
ヨッシーくんの提案はこうだ。
「きみは2時間近くかかって学校に来てるんだろう。ぼくのように学校にすめば、その分、カラダがラクになるよ」
コバちゃんの家は「つくば」の近くの守谷、TX(つくばエクスプレス)ができてベンリになったとはいえ、実際、2時間近くかかるのだ。
だが、ヨッシーくんの提案の主旨はホカのところにある。自分の後継者を育成する気になっているのだ。このまま教師生活が順調に行けば卒業となって後継者が必要になると考えた。そこで使命感が生まれた。
とは言っても学校に住む怪人の後継者だ。
「いえ、ぼくは、まだいいですよ」
コバちゃんは、後継者の地位をとりあえず断った。しかし、まあ、「まだいい」とは不思議な答えでおもしろい。人間とは、こういう不明なことを発する生き物なんですね。
さて、ヨッシーくんがなぜ学校に住むようになったのかの顛末を話そう。
ヨッシーくんは親のすすめで法律関係の資格をとろうとしていた。でも本人は、それにたいした興味を持てなかった。
「こんなことやってるくらいなら、なんとか早稲田に入ろう」
と、第二文学部の学士入学を目指した。
26才、2度目の青春へのトライです。
ところが親御さんはヘソを曲げた。
「いまさら文学部を出て、どうするんだ。そんなことに援助はできないぞ」
と、なった。
というわけで早稲田に住む怪人が誕生したのだ。
学士入学だから2年ですむのに、わざわざ4年かけて学部を終え、いまは修士課程にいる。とった単位はその時、160単位を超えていた。その間に警備員のオジサンにはすっかり名前をおぼえられ、毎日、しっかり挨拶を交わすようになった。
「どう最近は、よく寝ているの」
「老人介護の施設でアルバイトもしているんで、そこではちゃんと横になって眠れますよ」
「あー、そりゃあ、よかった」
というような日常のやりとりを見ていた人が
「なんとまあ、おもしろいやつだ」
と思ったんでしょう、高校の非常勤教師の職を紹介してくれたのだ。
そのヨッシーくんがインフルエンザにかかったことがある。その時は、あまり顔をみかけないし、さすがに実家に帰ったとみんなが思ったのだが、やっぱり学校の保健室に行っていた。
点滴を吊るして保健室のベッドに横になっている姿を見た後輩がいて、
「あー、やっぱり怪人だ」
と、うなったそうです。
ヨッシーくんに出会うにはいつも寝ている22号館のコンピュータ・ルームがよいのだが、そこに行っても彼に会えなかったうちの子(娘です)が、そのことを伝えた。
「この前、行ったけどいなかったよ」
「いやあ、ごめん、ごめん。
来ること知ってたら、お茶でも出したのに」
「お茶、えっ、お茶?」
ふわっ、湯気のたつ湯呑のイメージは湧くのだが、さあて、その湯呑がどこに置かれるのかさえイメージできない。
しかしヨッシーくんから、すーとこの言葉がでてきた。
うーん、この学校がカラダに馴染んだ「お茶でも」の声音はあまりにもなめらかで、とうてい当分、他のものには後継者は無理だ。そう、思った。
○
前回(9月7日)のラスト、白鳥金丸のレクチゃーはほんとの話で、金丸が授業中ぼくの肩に手を置いて
「左アッパーだぞ…」
の声、今でも耳にひびいて残っています。おもしろい学校です。
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