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2023年09月04日05:31

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流星のひと。23 面影平野という芸能。

`77年秋は勝負の年だった。前年、藤圭子の演歌の集大成と言って良い「聞いてください、私の人生」をリリースした。だが思ったほど伸びない。ノビル高音を生かした、この時点での藤圭子のすべてを尽くした素晴らしい仕上がりだ。
「声が枯れても、つぶれても、根性、根性ひとすじ、演歌道」
と歌う圭子の姿は、その都度、自分の人生を祭りの場に放り出すような潔さに満ちていた。
 だが数字は勢いが付かない。(不思議だが、これが芸能というものか)

 よーし、それではと、宇崎竜童、阿木燿子のコンビに新曲を依頼した。「面影平野」というタイトルだった。
 切り口からして胸のすくような切れ味で、ある意味、新栄プロならではの大きな企画なのだろう。仕上がりは、それまでの歌謡曲の世界を遥かにこえてしまった。忽然と歌謡曲の世界に純文学が誕生してしまったのだ。あー、そうなると売れるわけはないよね。エコ贔屓ばかりをしているわけにもいかないので、公平な分析を見てもらおう。
 
 答えは、悲しいほど簡単なのだ。一行ですむ。
「あんまりホントのことを作るとお客さんは疲れちゃうんだよ」
 近松の昔からほんとすぎる表現は芸能に馴染まない。これが芸能というものの宿命なのだろう。いつの時代でも芸能は虚と実の皮膜の中にある。

 藤圭子は、芸能を乗り越えてあっさり芸術を作り出してしまった。それは、どうしてそうなったのか。
 圭子は喉の手術以来この数年で、今までにない本気唱法を習得していた。上下で半オクターブ音域を伸ばし、それがすべて地声で歌えるようになっていた。どこからどこまで地声という本気で押す唱法なのだが、もはや嘘が一点も入り込まないほど、それは完成度を持たせていた。藤圭子は本気に一心不乱だったのだ。

 残念なことがある。この歌に、学生と文化人からの応援がまったく声がなかったことだ。
 五木はかつて
「この歌い手にダミアの〈暗い日曜日〉やグレコの〈プランマント通り〉を歌わせてみたい」
と語っていた。さあ、日本のダミアが生まれたよと、声をかけてくれても良いんじゃないか。それに、10年20年のスパンで評価されるべき歌なのだという言葉が。

 石坂のケレン味と古くさい路線が、いちばん大事な大切にしたい、理解者をかなたに置き去りにしてしまっていた。
 藤圭子の歌は、この時期ただただ売上を競う流行歌の世界に押し込められていて、自由人の歌とは捉えられていなかった。その証拠に、ほとんどの学生はこの曲の存在さえ知らないだろう。

 面影平野について藤圭子は言う。
「歌の心というのかな、歌が持っている心みたいなものがわからないの、あたしには。あたしの心が熱くなるようなものがないの。だから曲に乗せて歌っても、人の心の中に入って行けるという自信を持って歌えないんだ。すごい表現力だなっていうことはわかるんだけど、理由もなくズキンとくるものがないの。結局、わからないんだよこの歌が、あたしには、ね」
 藤圭子は、この歌の顛末を全て自分の責任と引き受けてしまった。つまり、藤圭子は潔いのです。
「わからないんだよこの歌が」という言葉は当たらなかったことを詫びているだけで、実のところ十分すぎるほど芯をついた歌になっている。

 後年、圭子はヒッキーに
「辛い歌を、そのまま歌い終えちゃあだめだよ」
「必ず救いを残しておくのよ」
と教えている。ちゃんとわかっていた。

 ひいて言えばだが、ひとつ救いのワンフレーズ差し込んだらどうなったんだろう、この歌の最後に。
「だから、あんたの嘘と生きていく」とかね。

 さて、この一連がとんでもない出来事を呼び込んだ。2度目の紅白落選です。
「出場者の発表があった日の夜は荒れました。夕方6時くらいから朝の6時くらいまで話を聞いて付き合いました。よくもと思うほど泣きました」
デビューからの担当、榎本ディレクターのところに藤圭子はやってきた。


「いま思うと彼女にしてみれば不幸な話です。まだ知名度も活躍度もあったのに76年を最後に『紅白歌合戦』に落選したことは、相当ショックだったようです」
「決して恵まれた、ゆとりのある家庭で育ったわけではありませんから。少女の時から我慢することには慣れていたんだと思うんです。だから、いろいろなことに耐えながら歌い手を続けていたわけだけど、やっぱり限界もあるでしょう。我慢強ければ強いほど爆発したら大変だったんです」

 しかし榎本ディレクターの抑えた話には、敬服するしかない。他の人間にはない、圭子の人格へのやさしさがある。もう一歩、入り込んで救う道を付けることはできなかったのか、と非礼だが言葉がついて出る。
 レコーディング時にしか会えないようにセッテングされていた関係は移籍で改善されたことが窺えるし、石坂の魔力は溶けてきているんだ。根本さん、たった一人で生きている圭子のアドバイザーになれないのか。たくさんの人はそう思っているはずだ。

 そのためにも藤圭子の欠点を教えておくよ。そいつは
「嘘が見破ることができないんだ」
「純子の言うことに1ミリの嘘もない」と同級生はいうのだが、同時に嘘を見破る力もカラキシなかった、

 年が明けると圭子の歌手人生を危うくする事態がはじまった。
「ステージ恐怖症」だ。ステージの上で意識が飛んでしまうのだ。自分はなにをしているのか。どこまで歌っているのか。

 圭子は「これは、引退かな」とはじめて口に出したらしい。
 ぼくは、前回の落選の時、転覆した運命に大きく警報を鳴らさせた。けれど、
 ・一週間、寝込んだ
 (そして3年たった。今度は)
 ・12時間、泣き続けた
 ・ステージ恐怖症が出てきた。
 今度のことをあのことの進行と見るのか。実のところ当事者とひとつになって丁寧に対応できる人は周りにいなかった。誰でも想像はつくし、口元から答えが出そうになるのだが、決めることができるのは医者しかいない。

 これから「嘘つき」との出会い大会がはじまるのに。困った。
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