◯2006年11月22日の日記再掲載
ガシャ、
開くはずの戸が開かなかった。ぼくの部屋には、どうしてか中から鍵がかかっている。朝、出た時にはなにもなかったはずだけど、中に誰かがいる。
「どなたですか」
すぐに低い男の声がした。少しためらいがちの声だ。
「あっ、ぼくです」
思いきったように内鍵がハズされた。横開きの戸を引き中に入ると、部屋のスミには4人の男たちがうずくまっている。
静かで、淀みのない空気、4人のまん中にいた男は、横たえられていた。男の目がすさまじい勢いでぼくに飛んで来た。
「なんなんだ。いまはじまったことは、なんなんだ」
ものすごい速度で答えを探している目だった。
ぼくはと言えば、学校から帰ったばかりで、制服を着て鞄を下げた少年で、その部屋がぼくの部屋だとしても、もはやいつもの空気はなくて、ぼくひとりがただ場違いとしか言いようのない光景になっていた。
まん中の男は、若くて濃い背広を着ていて、おどろくほど真っ白い顔をしていた。その白い顔の下には、男の運命の羅針盤の針のように青白いドスが当てられていた。羅針盤の針はピクリとも動かなかった。
「キーちゃん、すいませんね」
ぼくにいちばん近い位置で背中を向けていた、男がひょいと振り返った。思わずぼくは笑顔になった。
英(ヒデ)坊だった。うちのいちばん上の若い衆、村瀬のところの若頭にあたる男で、英、英、とかわいがられ、いまはいっしょに渋谷に出ている。その英坊が、いつもと変わらぬ表情で声をかけている。
ほぼ様子は、飲み込めてきた。まん中の男は押さえこまれていて、英坊は押さえている3人の男たちの兄ぃで、そしてやっぱりドスを持っていた。
ぼくは、なぜも、どうしても、聞かなかった。
スタスタと押し入れの前まで歩いて行き、襖を開き、鞄を中にしまった。それができたのは、いつもと同じ動作だったからだ。
真っ白い顔の男は、開けたての邪魔になると思ったのか、襖から頭を少し横にずらした。少し落ち着いてきたぼくは、少しおかしさがこみあげてきた。いま刺されて、殺されるかもしれない男が、ちいさな気づかいをするという、まさしく喜劇だった。
けれど男の頭が動いた瞬間、3本のドスはわずかだけれど、男の中心を目がけて動いた。
一瞬の喜劇は、あっと言う間に消しとばされた。
ぼくは振り返って、英坊に軽く手をあげた。英坊は
「後でオジサンのところに、挨拶にいきますから」
いつもと同じ声で返事があった。
「うーん」
真っ白い顔の男は少しうめき声をあげた。3人は少し緊張することで、男に意思を伝えた。男は、また押し黙り、3人の意思を理解していることをわからせた。
ぼくは、いまはすっかり空気の色を変えた自分の部屋を出た。
それから24時間ほど、ぼくは自分の部屋に戻れなかった。事の次第はまわりのやりとりからすこしずつわかることになる。
渋谷の場所のいざこざから、男を“さらって”きたのだという。英坊がその仕事の先頭だったのだ。男の隠し場所に困って、家のいちばん奥のぼくの部屋になったのだ。ほぼ1日ほどで話はつき、すべてはもとのさやに戻ったのだという。
丸子の大花火の日、ぼくは英坊といっしょに河原の桟敷きまでビールと氷りを運んだ。道々、2人で話ながら歩いたのが、声を掛け合うはじまりだった。“さらって”きた日から、2〜3年ほど前のことだった。
丸子の大花火は当時、なかなか盛んなものだった。人の出もあるが、関東では1、2の大きな打ち上げ花火が上がるのだ。
桟敷きでは、頭から被るように花火は開き、カラダの芯をゆするように音がとどく。
「キーちゃん、花火はいいよねぇ」
まだ若い英坊は、花火に酔ったようにくり返し、くり返しぼくに声をかけた。子どものぼくでさえ、こころの中ではいっぱしの男が生まれていて、
「男の命のようだね」と思っていた。
ビールは次々と開けられ、終わりまでにはすっかり空になった。
英坊は、ひょんな事件から一家を破門になり、香港に出て、そこで死んだ(とされている)。
ぼくの家の天袋には、ずーと英坊のドスが無造作に入っていた。ぼくは、あの日、部屋の鍵を開けたのは、英坊のイタズラだと思うのだが、それもいまは確かめることはできない。
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