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2023年08月05日19:48

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流星のひと。17  不夜城を知ってるかい。

「学生さんば勉強さえしとればよか」
「人切りはうちがやるばい」

`70年はもはや静かな年だった。
 藤純子の、緋牡丹のお竜さんにこうまできっぱりと言われてはね、やるせないが仕方ない。
「そーか、夢は消えたのね、か」と思案橋ブルースを歌いながら学生たちは三々五々、学校に帰っていった。戻り損なったのも大分いるよ。新宿の都電跡あたりに居座わったのもかなりいたとされている。そのせいか新宿に、(学生下りの)役者とシンガーがたくさん生まれたね。

 たけしが新宿のジャズ喫茶にいたのはこの頃だ。

 けれど藤圭子の学生人気は変わらなかったなあ。
「ホッカイローの ケイコ、ターン 」と大声を出して駆け抜ける
「ダラララーン」の鼻水少年は、少年マガジンの赤塚漫画の中を毎回、アナーキーに走り回っていた。
「おい、おい、やつは元気だなあ」
 アナーキーというとびきりの自由を撒き散らす鼻水少年は、なぜか学生の安心の元になっていたよ。
 そのまま藤圭子が走り出してくれることを期待していたんだなあ。

 ここで榎本が言うところの、人気を大きく落とす出来事が生まれる。
「あれがなけりゃねぇ」
 とつくづく残念そうにいまも言う。

 結婚騒動だ。前川清との突然の結婚だ。
「あたし、古くてね、付き合ったら結婚するものだと思っていたから」
とは言うものの、まだ18~9歳だよ。(石坂がリークしたと言われるネタを元にした)週刊誌との、売り言葉に買い言葉からはじまったとされているのだけど、ま、これでフアンからは遠くに行っちゃったわけだ。

「都電通りの、ドラクロワ」は、どうやら自由人ではなくなったのだ。
 
 藤圭子にとって良いことは、この結婚が事務所脱出作戦のきっかけになったのは間違いないところだろう。ところがこの辺りで圭子に解決をつけなければならない新たな問題が生まれる。まったく忙しいなあ。父と母の問題だ。
「お母さんを自由にしてあげよう。楽にしてあげないと」
1年後に前川と離婚して、また眠らない仕事がはじまる。

 新宿歌舞伎町には不夜城というキャバレーが魔境のようにそびえていた。いわばランドマークの役目を担っていたのだが、実は本当の不夜城は藤圭子だった。
 圭子は一切泣き言は言わない。同級生も「泣き言は聞いたことがない」と普通に言う。それは、貧乏のこともさして言っている。おどろくほどの我慢強さ。我慢強くできないと、ようやく組み立ている小さな貧乏人生は音もなく壊れていく。だって毎日、泣いて暮らすわけにはいかないのだ。

 それにしても、この不夜城の仕事ぶりは、大変に辛いものだったのだろうと思う。つまり無理だったのだ。

 担当マネージャーが圭子の体調を考えて
「もう入りません」
と依頼先に断りを入れると、石坂が聞きつけて
「おい、この2時過ぎなら入るじゃないか」
スケジュール表の隙間を指さして修正させる。そんなことが何度も続いた。藤圭子の様々な変調は、この不夜城がとても大きいとぼくは思っている。その意味では、石坂の罪は深い。
 小さくて、痩せっぽっちの、体育以外オール5の少女。体力がそうあるわけはないよ。「8時だよ、全員集合」で前転さえ上手くできなくて、笑われていたじゃないか。
 芸能界の不寝仕事は、いわば「売れっ子」自慢のように語り継がれたりするのだけれど、後から追跡してみるとなかなか尾をひいているように見える。実に嫌な言い方だが(長生きしづらい気がする)

 ここで阿久悠が登場する。藤圭子に新しい世界を、とまさに伸び盛りの作詞家だった阿久悠に依頼。石坂離れをやってみた。上がってきたのは「京都から博多まで」だった。これが30万越えの久々のヒットになり、次の「別れの旅」も順調な伸びを示した。
「さあ、これでいけるぞ。藤圭子が止まってたまるか」
榎本をはじめ陣営のみんなが勢いをつけたところで問題が発生した
 曲の後半、
 2年 ありがとう。
 しあわせ でした。

 この「2年」のところでピタッと歌えなくなってしまうのだ。袖に駆け込んで泣いたりしたという。
 
 このシリーズのいちばんはじめに書いたことなのだが、圭子の過剰な潔癖性がその原因だと言える。
「離婚したばかりで、そんなこと歌えないよ。相手にも悪いし」
「宣伝のために離婚したわけじゃないんだから」
 いくら言ってもまったく歌えなかった。

 結婚話に立ち入るつもりはないのだが、前川は別れる時、
「ぼくはずっと待っているよ」
と伝えたらしい。その言葉に気を引く返歌になることが辛かったのだろう。
(前川は約束通り、ヒカルが生まれるまで独身を続けたはずだ)

 阿久悠は後に
「藤圭子という歌手は単に宇多田ヒカルの母という存在を超えて、なかなか凄かったのだよ、時代に食い込んだり、時代を引き裂いたりする力は、母の方にあったかもしれないんだよ」
と語っている。
 しかし阿久悠との縁はこの一時期だけで過ぎていく。
 なにかつきものが落ちたように、不運が顔を出す時代だった。
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