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2023年08月03日15:02

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流星のひと。16 学級副委員長になります。

 八王子でのコンサート3時間前、圭子の生理が止まらなくなった。間違いなく過労のせいだ。キクチサヨコが沼に「紅い花」を咲かせた時とまったく同じことが起きていた。サヨコは沼の水にうづくまり、シンデンのマサジに「寄るな」と叫ぶのだが、ここでは仕方なく救急車を呼んだ。

 おどろいたことに開演の20分前、3時間前に圭子をのせていった救急車は何もなかったように八王子の丘の上に静かに戻ってきた。
 圭子は服装(ナリ)などは頓着はないけど、責任感にはいつも強いこだわりがあった。
 圭子の正義の旗には、責任感は欠かせないものだからだ。 

「あたし、学級副委員長になります。お願いします」

「え、え、それは一体なんだ。ここは小学校じゃないだよ」
 まったく同じ言葉を使ったわけではないし、同じやりとりがあったわけではない。ではないが藤圭子のこころの声は確かにそう言っている。
 学級副委員長、これは藤圭子が小学校から慣れ親しんできた言葉で、圭子の人生の規範とする3つの心構えの2番目にあたるもの。その意味では、これからの決心とか覚悟をさし示すものだ。

 というのは藤圭子は、小学生から中学卒業まで学級副委員長として
「人の話をよく聞いて、相手を助けてやる」
という生き方を続けてきた。人より早めに教室にきて、宿題ができてない子の手伝いをしてやる、いつもみんなの意見を聞いてクラスをまとめてきた。藤圭子には当然で、普通の姿なのだ。
 もう一度言えば、圭子は服装(ナリ)などは頓着はないけど、責任感にはいつも強いこだわりがあった。

「命預けます」以降、勢いをなくしているレコード売り上げ、事務所のスタッフも10人を超えるほどになっている。ここまでは黙って自分の歌だけで切り開いてきた。
「あー、これはいよいよあたしが学級副委員長をしてなんとかして行くしかない。あたしは子供時からそういう役目なんだ。なれてるよ」
いよいよもうひとりの自分の出番だと思ったのだ。
「あたしがもっともっと手伝うよ」
と声をあげたのだ。

 この時の様子を海老名香葉子さんは、
「離れちゃいけないのよ。これが大事。それでね、その上でね」噛み締めるように言う。
「純ちゃんは、せめて対等の立場に成りたかったのよ、対等の立場に」
と言って左右の人差し指をぴったり合わせた。二本の人差し指は、合わせた柱のように香葉子さんの顔の前に立っていた。

 石坂は先行きにさほどの展望もないのだが、圭子の真意を特に理解したとは思えない。いつものゴタゴタの延長ととらえたのだろう。圭子と石坂は、いつも揉めていた。そのいつもの揉め事の中に埋没していった。悪く言えばだが、事務所の中身を「全部明かすわけにはいかない」とどこかに決めていてひっそりと無視をしたのかもしれない。

 圭子に責任ある立場は託されなかった。それでも、なんとか桁はずれな仕事ぶりに見合う収入は保証されるようになった。

 圭子は、ある意味限界を感じた、いやとうとう見切りをつけたのかもしれない。
「事務所を出よう」
そう思いはじめた。

(突然ですが)藤圭子は、3つのエトスを生きる規範にしていた。それは、どれも中学生時代に培われたもので終生、変わらなかった(と思っている)。
「あたしも、意地っ張りで先生と喧嘩ばかりしていたけれど…」と石坂の結婚式で挨拶をする。
 そう、喧嘩ばかりしていた。3つのエトスに触れるとき藤圭子は、決して引かなかった。だから、
「表に出ろ」
「いいわ、やってやろうじゃない」
 オール5には似合わない殴り合いまでしてきたのだ。

 では3つのエトスとは、どんなものだろう。
1、正義の旗   貧乏だけれど、卑屈にならず生きていくための背骨、プライド。   
2、学級副委員長 必ず相手の意思を受け止め、手助けをしていくんだという生き方。
3、英語弁論大会 すべてのコンプレックスから離れたい時、英語が私を助けてくれる。

 唐突に話しはじめておどろくかもしれないが、この3つが圭子の人生の折々で方向を定めてきた。圭子の行動はこの3つのエトスの構造から当てはめると、ほぼすべてわかりやすく割り出すことができる。
 ここからはみ出すものはひとつしかなく、「紅い花」の時を過ぎてはじめて知る「男の人」のことだけだろう。だけれど圭子は、「男の人」については、教科書を見つけることができなったようだ。
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