◯2006年12月01日の日記再掲載
(60年の少し前、やっと街が出来上がってきた渋谷の話です)
力道山は道玄坂を下っていた。
夜の道玄坂はいまほどではないが灯りはともり、酔った通行人もそろそろ出はじめている頃です。
格子柄の派手なジャケットに、白いポロシャツ。いつもと同じ力(リキ)なのだが、ひとつだけ違うところがある。
ひとりの男を肩に乗せている。肩車をしながらゆっくりゆっくり坂を下っているのだ。
人気者の力道山が道玄坂を歩いているのを目ざとく見つけた人たちで、少しずつ少しずつだがウシロにつながってくる。
「おーい、力道山。こっちを向いてくれ」
力道山は、照れくさそうに肩車をした首を曲げ、声の方を向くのだけど、いつものように大きな笑顔とは言いがたい、なんとも言えぬ顔になっている。
肩車の上の男はそんなことはまるでそ知らぬ顔だ。黙って肩車に乗っている。だが、男の仕立てのよいウール・ギャバジンの背広のポケットが力(リキ)の頭に触れている。でも、そのことには集まって来る誰も気付いてはいない。
その上、時々、ポケットは力(リキ)の頭をツンツンと突いている。ポケットの中はなんだろうか。
力道山、弟子たち、人の列が連なって道玄坂の下まで来ると、男は少し強めにポケットで合図をした。力道山はロボットのように大きなカラダをクルッと回すと、いま降りたばかりの坂をこんどはしぶしぶ昇りはじめた。弟子たち、人の列も続いて、今度は坂の上に向かっていく。
「よー、力(リキ)」
「力道山ーッ」
いよいよ人は増え続け、あちらこちらから声がかかるのだが、もはや返事もいやになったようで力道山はもくもくと坂を昇る。相変わらず、肩の上の男はなんでもないように乗っている。力道山の額には異様な汗が浮き、男のズボンにシミを作りはじめていた。男は指で払ったが、小さなシミは残った。
坂の上まで来ると、男は小さな声で
「もういいよ」
そう言うと、あっと言う間に居なくなった。
そこには、力道山、弟子たち、ファンの二重三重の輪ができた。けれど力道山はいつもの力道山ではなかった。
バシッ、バシッ、バシッ。
次々とファンの前で弟子たちを殴り倒した。
ためらうことのない痛烈なパンチだった。酔って弟子たちを殴り倒すのは、毎度のことだが、ファンの前で見せるのはあまりない。弟子たちは殴られ、倒され、立ち上がると、また殴られた
話しは1時間前に戻る、力道山が毎夜、酔って渋谷に表れ、そばにいるものをあたりかまわず殴り倒すのだという。(不良だと思うと、なおさら手ひどくやるらしい)
その話を聞いて花形敬は、力(リキ)が立ち寄るという寿司屋で待っていた。
(花形敬は言ってみれば、渋谷という街の用心棒でゴタゴタをそのまま放っておくわけにはいかない立場だった)
寿司屋に酔って扉を蹴破るように入ってきた力道山に
「ちょっと表に行こうか」と声をかけ連れ出した。
そして、あのポケットを力(リキ)に押し当てた。
「力(リキ)、お前なあ、喧嘩は商売なんだろう。商売人が堅気に手をあげるのはどういうわけなんだ」
その声に力道山は一歩も動けなかったし、ひと声もだせなかった。ポケットがこわかったのだ。
「ピストルか。まちがいないだろう」
そう思ったからこそ震えあがったのだ。
ガナリたてる力道山とは正反対の静かな声で話しかけ、力道山に生涯一度のわびをいれさせ、二度と渋谷では乱暴をしないこと、そして
「道玄坂を、俺を肩車して昇り降りすれば、水に流す」
と約束をした。
さっきまでの光景は、つまりその約束の実行だった。
生涯、素手でしか喧嘩をしたことがないとされている花形敬だが、ギャバジンの背広のポケットの中は本物のピストルがあったのか。大方の者は本物だったと言う、中には、
「やつは、頭に突き付けてね」という話しまで出てくる。
ぼくは、手の平だったような気がしてならない。そいつは、随分お茶目じゃないか。
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