◯2006年10月20日の日記に加筆
[昭和の落語家 2]
1
「ラ・マラゲェ〜〜〜〜〜〜〜〜(声をのばし続ける)」
とても咄家とは思えない、きれいな声で歌い続ける。
さあ、どこまで息が持つのかな、大丈夫かな。
と心配そうになった時、ギターの横から手で拍手の催促。
パチ、パチ、パチと拍手が鳴ると、
〜〜ニャ、ヤッサネロッサ」
「ふー、助かった。息が切れて、一時は死ぬかと思いましたよ」と下げる。
これが名人・円生の二番弟子、さん生の、ひとつ芸だった。
二つ目の時、余技ではじめたこの「ラ・マラゲェニャ」なのだが、これが、当たりに当たった。ご本家のアイ・ジョージと比べてもそん色のない歌唱力と当時のラテン音楽の人気が後押しをした。
客も歌わないと納得しないし、歌えば歌うほど上手くなる。出番も、二つ目ながら、深いところでやらせてもらえるようになる。ラテンを歌う三遊亭さん生、これが売り文句になっていた。すべてが順調に見えていたのだが、ひとつ芸の“魔”が本人の出世の時に、顔を出した。真打昇進の声が出た。ところが、
「あの芸は真打ちの芸じゃ、ありません」
師匠の三遊亭円生が、昇進に反対した。
「たとえ一席でも、人情話ができなければ真打ちにはさせない」というのが、名人の信念だった。
自分の師匠に出世を止められた咄家は、荒れに荒れたという。元々の酒好きなのだが、なお増した。増せばヘマもやる。いよいよ
師匠との仲もまずくなる。
「さん公、話しの稽古はしているのか」
円生に叱られて、その場は「はい」と帰るのだが
「おいらは、新作だ」の気持ちでこころの中で突っぱねている。
でもね、これには話しの綾がある、とぼくは思っている。
年を食って入った咄家はなかなか話しが入らない(おぼえられない)。まして酒好きとなると、これがまるで入らない。不思議なほどね。ここが(誰にも言えない)ホントの泣き所になっている、さあ、これをどう思いますか、みなさん。
遅れに遅れて、真打ちの手筈になったいいが、すぐに協会の分裂騒動がはじまった。交通事故だ、こりゃあ。今度こそ「真打になりたい、逃したくない」さん生がすがるように頼み込んだ。
「師匠、あたしは、協会に残してください」
「それなら、名前を返せ」となった。
そのひと言は、まさに名人の狭量そのものだった。
二番弟子、三遊亭さん生は、川柳川柳(かわやなぎ せんりゅう)という名前になった。すべては、小さんの配慮だったという。
川柳川柳、極落語を自称し、いわば破天荒な落語を続けている。
ひとつ芸の「ラ・マラゲェニャ」は、いまも忘れずに高座にかけているという。
さん生は、名人・円生を愛していた、それも人一倍愛していたというのが本当のところだろう。
「口にゃ出せねど、好きだった」
なのだ。けれど、男の人生は、曲がるときは曲がるのです。
2
昨年末、落語会一の奇行男、川柳川柳は亡くなった。
昭和の名人・円生が亡くなって30数年、時間は恨みも辛みも溶けて流すなあ。
「さん公、お前(めえ)か」
棚に置いてある高級酒がメキメキ減っている。
「なんだか変だなあ」と女将さんの、はなさんがボトルに線を引いておいた。
ところが線と中身はぴったりなのだけど、どう見ても減っている。夜中ゴソゴソ音がするので、パチンと電気を点けると、マジックを握って線を引き直しているさん生がいた。
師匠に真打昇進をはばまれ、さん生、荒れに荒れた。毎夜〃ヘベレケでその果てに、ある夜フラフラっと師匠の家の玄関前まで来た。後はよく覚えていなかった。
「さん公を呼べ、さん公を」
円生の呼び出しに大急ぎでやってくると師匠、烈火の怒り。
「さん公、お前(めえ)、玄関でクソしたろう。太てぇやつだ」
(なにも太いモノだったらしい)
さん生、ことの次第をすぐに把握した。
「これは、危ない」そういえば昨夜、犬が歩いていたのを思い出した。
「師匠、そ、そいつは犬、犬です。間違いありません」
「バカヤロー、犬が紙を使うか」
「す、すっいませーん」
額が畳にめり込んだ。
「ワン」と吠えたという話もある。
落語家ケチランキングでどちらが1位か楽屋の長年の話の種になっていたのが、立川談志とさん生だ。
「兄(あに)さん、頼む。金を貸すから、奢ってくれ」
談志が帰りかけたさん生に声をかける。まさかの捨て身技。あの態度のデカイ談志が「兄さん」と取り巻いて来るんだから前座連中もびっくりだ。「よせやい」とさん生が逃げると、追いかける談志がまた言う
「兄さん、扇子のここに書いてくれ」
「談志を奢りました。さん生、と」
扇子こと風をヒラヒラさせていよいよ追いかけてくる。
逃げるさん生を新宿通りまで追っかけたという話が残っている。
しかしなあ、いま思えば、この風(扇子の楽屋符丁)が残っていれば、なかなかのものだなあ。100年は残る洒落になったんじゃないかなあ。
川柳になってからは極私落語、ガーコン落語を持ちネタとしていた。
ガーコンとは足踏み脱穀機の音、ガーコン、ガーコンと足踏み音をさせながら軍歌と戦時歌謡を高らかに歌い、戦中戦後の世相話をするのだが、これが次第になかなかの反戦落語に仕上がっていった。
続けると人生面白い、という最後になった。
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