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2023年07月14日02:55

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「デンさん」から「吾郎さん」まで。

『昭和の芸人たち 1』

◯2006年9月11日の日記再掲載(大幅加筆)

 見事なはげ頭、大宮敏光が演じるデン助こと「デンさん」はいつもクビをふりふり上手からやってくる。その様子、生きたバブルヘッド人形だと思ったらいいよ。クビが気持ちよく、コクンコクン、このクビ振りがそもそも芸なんだ。
 マルい頭にクリクリ目玉、マルいヒゲが口元をくるっと一周。全部マル。

「よー、デンさーん」ときまって二階から声がかかる。
 すると声がかかった方をひょいと見て手をあげる。

「よー、よー」とデンさん声を返す。

 観音さまから左に入っていく。映画街のいちばん手前頃、浅草松竹演芸場の日曜昼、大宮敏光一座の常打ち「デン助芝居」のいつものはじまりだ。(デン助劇団ともいったが、どちらが正式かはいまはもうわからない)

 昭和のはじまりから10年位まで、あれほど一世を風靡した浅草モダニズムはすっかり影もカタチもなくて、常打ちといえば「デン助芝居」だけというのが昭和20〜30年代の浅草だった。ガラガラだったんだ。

 あーそうだ、忘れるとこだった。あの「捕鯨船」の親父の師匠は、この「デンさん」。客分の役者の役付で揉めて「エーイ」と飛び出した。いつか迎えに来てくれるよ、と思っていたら小屋ごとなくなっちゃった。親父に「デンさん」の話をしたら終わらないよ。

 舞台で起きることはと言えば、きまって近所のトラブル。
「デンとまかせておけ」と胸を叩くも、そうもいかない。
「デンさん」が、ことをややこしくして、八百屋だったかな近所の親父と絡んですったもんだ。
「この馬鹿たこ」
「おう、やるか」

 頭のひとつも張ろうかというところで伝家の宝刀が飛び出す。
「すみちゃーん」
と「デンさん」が娘を呼んでトラブルをほぐしてもらい円満解決へ。これが、芝居のパターンだ。

 決まりきまっているのだけれど、観客はよろこんだ。東京下町がみんな好きだったんだね。だけど、浅草は人が歩いていなかった。犬が歩いていた。
 ぼくなんて、仲見世の裏を歩いていると会うのは同級生、歩いているのはせいぜい一人か二人だからね。
「なんだ、お前か」でウンザリしていた。

 そう言えば、あの頃から、街に住む父親は少なくなった。
 丸の内とはいかなくとも、どの父親も会社に行くのだ。
 父親の総サラリーマン化だ。父親が家族から離れていくのだ。どこでどう家族のためにカラダを使っているのかどんどんわからなくなる。(つまり父親が尊敬されずらくなる、社会の仕組みが動きはじめたとでも言おうか)

 ネクタイを締めて会社に行く父親、ステテコをはいて陽気にいつもそばにいてくれる父親。
 舞台の上は、そのどちらが好きか決めるよい場所だったのかもしれないね。けれど時代の勢いは明らか、「デンさん」と浅草は、いよいよ小さくなっていった。当然、ステテコをはいて家族を見守る父親はどんどん少なくなっていった。

 ほんとに、ほんとに、それで良かったのかな。なあ、デンさん。
「どうして勤め人が、そんなにいいんだい」
「世の中、ひっくり返るまで、待つきゃないだろう、え」
 と、デンさんは言ったかかどうか。

 そうして、ネクタイを捨てた父親は、「北の国から」の黒板吾郎さんの登場を待つしかないのだ。 
 黒板吾郎は家族のためにネクタイを捨て、カラダを使う父親だ。そのために、北海道に行ったのだ。カラダのキシミ、カラダのイタミ、すべてが家族に見えるところで行われる。純と蛍の前で、二人の前で。
 肉体を持った父親が再生したのだ。いささかドジでも、そばにいてくれる父親を、純と蛍は愛していた。

 さて、「デンさん」から黒板吾郎の登場まで20年かかった。そろそろ、カラダをキシマせる肉体感のある次の父親が出てきても良いと思うのだが。
 とにもかくにも「デンさん」、もう一度、世の中ひっくり返るまで、待つかねぇ。

注:大宮敏光、後に大宮敏充と改名。
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