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2023年06月14日05:39

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流星のひと。3 人気という恋愛。

「人気がなくなるって、どういうことかなぁ、どうなるのかなぁ」
 まだぼくの娘が20代の頃だった。ぼくに聴く。TVでは人気に影が生じたタレントの奇行を伝えている。
 ぼくは長年の仕事のせいで、質問には即答する。野球選手がボールを投げ返すように、すぐキャチフレーズが出てきて投げ返す。そいつは、もう、クセみたいになっている。

「それはねぇ、大きな失恋をした、ということなんだよ」
「………………」

「普通、恋愛は1対1、だから、失恋をすると1人分のダメージを背負う」
「…、大変だよね、1人分の空白が心の中にできちゃう」

 でも背負いきれなくて長引いたり、いろいろ大変で1人分でも並大抵じゃない(こともある)。
「人気というのは、たとえば1万人の人と同時に恋愛をしている、ということなのさ」
「コンサートを思い出してみよう、観客はみんなキミを好きで、キミもみんなが好きだ。1対1万人の恋愛さ」
人気がなくなるというのは、その1万人がいっせいに
「今日でお終いにしよう」
と言いだすことなんだ。
 ほら、1万人分の失恋が出来上がるだろう。それが、人気がなくなるっていうことさ。

 それでプライドを打ち砕かれたとか、収入がお先真っ暗とか、人気がなくなって起きる変調にさまざま説明がされたりする。実は、そんなことより心の中じゃずっとひどいことが起きている。
 プールさ、あの泳ぐプールの中いっぱいに水の代わりに喪失感が満たされていて、その真ん中で、いっぱいの喪失感にひたひたになって横たわるのさ。
 なんとも言えぬ冷たさがカラダを取り巻いていて、でも冷たさを取り除こうとすると手ごたえはなく、逆に動くたびにスーッと正体のない冷たさがカラダを吹き抜ける。プール1面分の広がりでね。
 これが1万人分の失恋の情景。どうだい、辛そうだろ。

「ヒッキーのお母さんも、そうなのかなあ」

 いよいよ本題かな。そうだよ。でも事情は少し複雑だ。(少し話を戻さないと説明できない)
 ヒッキーのお母さん、藤圭子は一度は引退したものの再デビュー、その目標として紅白歌合戦の出場を目指していた。まわりのスタッフは「ほぼ大丈夫」と伝えてきたが結果は、落選だった。藤圭子は大きなショック受けて寝込んでしまった。
 旭川でなんの娯楽もなく、明かりの少ない家でつぎはぎだらけの服を着て育った藤圭子には、NHKはわかりやすい人生の灯台だった。
「灯り、目指して生きていく」
と歌う、その灯りは港に戻ることを拒絶するように消えた。
 倒れ込んだそのままで眠り続ける姿を心配して母親は入院させようとするが、ひたすら
「このままにしておいて」と圭子はカムリを振った。

 1週間経つと、ゆっくり目を覚まし、日常が戻り出した。目を覚ました時、もう自分で歌うのはやめると決めたらしい。つまり1週間分の大失恋で、何万人分に当たるかは見当もつかないが傍目(はため)には少し立ち直ったらしい。

「子供の時、ほんとに小さな劇場でおじいちゃんやおばあちゃんの前で歌って、よろこんでもらった。わたしも、子供ごころにとてもうれしくて。その時の気持ちを忘れずに歌い続けます」
 落選の7年前ほど、同じNHKのビッグショーのラストで藤圭子はこう挨拶をしていた。この言葉にはさまざまな人生の知恵が含まれている。それに、平凡そうだが誰にも理解できるゆたかさがある。
 中学時代の同級生は「純ちゃんは、1ミリでも嘘を言う人ではないですよ」と言う。

 では、そうさせなかったのはなにか、もはや心の中にすっかり顔を見せはじめた「待つことができない」精神と、中学生時代の栄光「英語への思い入れ」がカラダを裂くように動き出していた。戻り道のない道が開きはじめた。 
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