藤圭子はたくさんの原稿や記事が書かれていて、中には暴露受けを狙った物さえ出ているようだ。
ぼくは知られていない藤圭子の個性を描こうと努めている。うまく書けるかわからない。けれどごくごく簡単な言い方をさせてもらえば、ぼくは歌手、藤圭子が大好きです。
「自分の歌が、歌えなくなった」から引退するという、けれどまわりからも「歌い込めば元のようになるよ」という声もたくさんあった。(事実、数年後の再デビューでは、ほぼ違和感はないという評価だった)
それに元々その差も小さいもので「本人しかわからないよ」という声さえあったほどだ。
しかし、藤圭子はすでに待つことができなくなっている。彼女の心には背負いきれない過剰な潔癖性が溢れていた。この過ぎた潔癖性は、つまりよくあるひとつの兆候ではあった。過ぎた潔癖性と不安との間のスイング。これが彼女が陥った沼ではないだろうか。
声がかれても つぶれても
根性 根性ひとすじ 演歌道
突然ですが「聞いてください、私の人生」のサビです。
藤圭子は数多くのカバー曲を歌い好評なのだが、カバー曲とこの歌とでは大きくはっきり違うものがある。
それは、圧倒的な本気の力だ。ひとりの人間が込めている本気がどれほどの大きな力を持つものか、このサビだけで見事に教えてくれる。
藤圭子がなすべきことは「声がかれても、つぶれても」歌い尽くすことだった。それが(もし失ったと言うのなら)自分の歌を取り戻す唯一の道だったはずだ。
あー、なにもかもすべてわかっているんだろうね、言ったところでなにも戻らず時は進んでいく。
藤圭子の本気はどこから生まれれてくるのか。
多くの人は生い立ちなどに方向をもっていくのだろうが、もっと歌の近くで語るべきだろう。それは執拗なまでの言葉へのこだわり。それもこのサビがよく伝えてくれる。一語一語の真意を、一音一音くっきりと見事に伝えている。
言葉へのこだわりを可能にしているのは、彼女の知性に他ならない。あっと思うかもしれないが、言葉を肉体化するのはどうしても知性の仕事で、歌の修行だけでは間に合わないものなのだ。
「声がかれても、つぶれても」と歌う清純な発声は、到底、誰にも思いつかないもので。つまり、清純そのものだ。
ほぼ大丈夫とされていた再起の紅白の落選が心に大きなスイング幅を与えたという話が伝わっている。
「純子は、一週間も寝込んだんですよ」と母は言う。
しかし、それが、あなたの天才の前になんだと言うんだ。
それはギャンブルをはじめとしたあなたを負とするいくつものものにも言えることで、悲しいほど責めるべきものはない。あなたは、すでに凄まじい苦しさを背負いはじめていたはずだから。
「あなたの歌は、あなたの知性が作っているのです」
そう言ってあげれば「流星のひと」にならずに済んだのだろうか。
ただひとつ気になることがある。藤圭子は虫が大嫌いだったそうだ。ぼくは、虫嫌いと聞くとすぐにある種の後遺症を思い浮かべる。虫が怖いと言い、自閉して行った人たちがたくさんいた時代があったからだ。彼女のそばに虫嫌いはいなかったのか。それだけは、彼女の人生のために調べて欲しいと思う。
そして、あー、とひとまず大きな声を出して呼び水をする。どうしてもこれだけは言いたいんだ。
人はやさしさを どこに棄ててきたの(略)
あなたの傍で 暮らせるならば
つらくはないわ この東京砂漠
藤圭子の「東京砂漠」を聴いて見たい。人はやさしさを〜、とあなたはどう歌うのだろうか。どんな本気の表情に仕上げるのか。想像するだけであなたの歌の世界が広がっていく。夢のように。
五木寛之は、「週刊朝日」誌上であなたは時代に後ろ向いて歌っていると紹介し、怨歌と名付けそれはいまも残る一行になっている。ぼくは、この「東京砂漠」なら、五木寛之の目を覚まさせることができると思うのだ。この歌の中で、主人公は少しだけ前を向いている。
(あとがき)
なぜ流星になったのか。それは様々なことが一挙に押し寄せ、混雑しきっていた。あまり生活に関心を寄せるのも筋違いだが、簡単に列挙してみる。
彼女の精神状態の混乱はかなり進行していた。父娘とは絶縁状態だった。家系の疾病である目の病が姿を見せはじめていた。恩師、石坂まさをの偲ぶ会が近づくもカラダが出席を拒んでいる。これらを精算するには、自分の中の藤圭子を消滅させるしかないと思いつきはじめる。だから偲ぶ会の日までに、わたしは流星になるとサインを出している。そして、彼女の中の過ぎた潔癖性が目を覚まし、すべてを取りまとめ舞台の幕をさっと降してしまった。
結果はともあれ、娘に迷惑をかけないという強い意志は働いていたように思える。新宿の家には、六本木の家のように、母も姉も同居してはいなかった。
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