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2023年04月11日15:12

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雨の降る日は、天気が悪い。

汚れちまった青春10  社会科篇

 ぼくは学校を出た後、就職をせずにブラブラしていた。風に吹かれていた。
 親は戸惑っていただろう。なんとか学校を出したのだけど、一体どうしたものか。それが、数ヶ月続いた。春の風に吹かれ、夏の風に変わりはじめていた。

 なぜブラブラかと言えば子供のから志していたある夢を、ぼくはどうしても忘れることができないからだ。それは、「鉛筆で食べていく」という夢。

 ぼくは、ある小説家の人生観に取り憑かれていた。
「鉛筆で食べていく」というそのロマンチックな人生観は、ある小説家の生い立ちにかなうものだったし、ぼくの少し風変わりな20年少しの人生にもかなうものだ。

 夏の風が温度を増しはじめた頃、ぼくはコピーライターという「鉛筆で食べていく」という業を得た。仕事をはじめたのだ。最初はPR誌の記事を書く役目だったのだけれど、正直に言えばなかなか大変だった。
 何の訓練も受けていないものが、物を書く。それは、雨の中で散歩するようなものだ。そのままでいれば、どんどん雨に濡れる。けれどどこへ行けばさえ、よくわからない。途中で家に逃げ帰れば、すべて片付く。しかし、やめるワケにはいかない。他にやりたいことは、ないのだから。

 来る日も、来る日も、遅くまで原稿を書いている。熱心と言うわけではない。ただただ遅い。書き直しの原稿がゴミ箱にいっぱいになる。

 ぼくを採用してくれた上司、ま、はじめての先生に当たる人が相談がてら話をしてくれる。見るに見かねてもあるのかな。毎度、文とは何か、文章とは何かという話に行き着くのだが、ある一文が(耳から聴いたのだが)カラダを軽くした。

「雨の降る日は、雨が降ったと書きなさい」

 文章修行にやってきたモーパッサンに、師匠フローベルがさとした言葉だという。
 そーか、技巧が内容を伝え、人の心を動かすのじゃない。事実を伝える。そこからはじめるんだ。そう思うことで、なぜか少し振っ切れ、肩が軽くなった。すべてが一瞬で解決するほど甘くはないのだけれど、ぼくは中5日で試合を待つ若い投手のように少し勇んだ気分にさえなっていた。
 先生は、まるでベテランの投手コーチようにブルペンで頭を抱えるぼくの尻を叩いたのだ。「雨の降る日は、雨でいいのさ」と。

 それからまもなく先生が、スポンサーである電気メーカーの「企業小説を書こうじゃないか」と持ちかけてきた。ぼくが開発篇で、先生は社長篇だという。連作で、競作だ。ぼくと先生は、夕方から小説家よろしくこもるように書きはじめた。原稿用紙をドンとつんでね。

 明け方になっていただろうか、やっとぼくが描き終えた頃、先生はとっくに書き終え、ぼくの原稿を待っていた。
 ぼくはやっとやっとの態(てい)で原稿を先生の前に出す。疲れ果てフラフラで何を書いたかさえよくおぼえていない。
 先生は読みはじめる。やにわに吹き出した。背中がグンとそって、椅子が後ろに倒れそうになる。
「おぼえているんか、モーパッサン」
「あんたはオモロイな。ものになるかもしれないな」関西人らしい言葉だった。

 ぼくの書き出しは、次のようだ。
「雨の降る日は、天気が悪い」
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