村上春樹さんの新刊のタイトルが『街とその不確かな壁』だと発表された。ぼくはそれを知ったとき、「マジか!」と絶句した。
村上さんのファンではない方やファンだけどそれほど熱心ではない方にとっては特に何も感じないタイトルかもしれないが、熱心なファンにとってはそうではない。
村上さんにはデビュー間もないころ、「文学界」に掲載しただけで書籍化しなかった短編がある。それが「街と、その不確かな壁」なのだ。
多くの村上主義者が図書館でその「文学界」を借りて読んだことだろう。ぼくもその一人だ。しかし村上さんにとって満足のいく作品になっていなかったようだ。「何かが足りないと思っている。だからこれは広く人の心に届く話にはなっていない」と感じ、それが書籍化しなかった原因だと『村上さんのところ』で語っている。
しかし多くの村上主義者はそのことを悲観していない。その短編はのちに大幅に書き直され、新しい部分を付け加え、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という長編に生まれ変わったことを知っているからだ。
だからもう、この作品は村上さんにとってケリがついたものだと思い込んでいた。それなのに来月発売の新刊のタイトルになっているから「マジか!」となったわけだ。
もちろんタイトルが同じというだけで、内容はまったく別物という可能性はある。しかし今度こそ、その「足りない何か」がしっかり書かれた物語になっている可能性もある。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とは別の形に生まれ変わった作品になっている可能性だってもちろんある。
そのことを比較して確かめるために、ぼくは新刊に期待するだけではなく、コピーした「街と、その不確かな壁」を今から再読しようと思う。多くの村上主義者と同じように。
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