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2016年10月29日23:45

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ローカルニュース之雑談帖(その175)―大阪通天閣、還暦

わたくしの様な、元来関西に馴染みの無い関東育ちの人間にとりまして、大阪のイメージと申しますと(極めてステレオタイプでありますが)、一に大阪城、二に通天閣、でありました。年長じて大阪に初めて遊びに行った時、大阪環状線から通天閣の姿を眺めた時に、おお、あれが通天閣かとちょっと感動した事を覚えております。その通天閣が、再建されてから60年目を迎えたそうでありまして。

<引用開始>

通天閣 祝還暦・・・戦後不変の存在感

◇あす入場料210円 10年連続100万人へ

 大阪市浪速区の展望タワー「通天閣」(高さ108メートル)が28日、戦後の再建から60周年を迎える。インバウンド(訪日外国人)の増加を背景に、今年度の入場者数は10年連続で100万人を突破する見通しだ。当日は「ツー・テン」の語呂に合わせて入場料が210円に値下げされる。運営する通天閣観光は「多くの人に大阪のシンボルの“還暦”を祝ってほしい」としている。

初代通天閣は1912年(明治45年)に建設されたが、太平洋戦争中の43年に火事で焼け、解体された。地元、大阪・新世界の住民有志が再建に向けて出資を募り、現在の2代目通天閣が完成したのは56年。開業当初は年間100万〜150万人が訪れたが、次第に減り、75年度には約19万人まで落ち込んだ。運営する通天閣観光の高井隆光・副社長は「当時は、周辺で労働者らの暴動事件が度々あり、怖い場所というイメージを持たれて客足が遠のいた」と振り返る。

しかし、新世界を舞台にしたNHKの朝の連続ドラマ「ふたりっ子」(1996〜97年放送)で注目を集め、観光客も再び増え出した。最近はアジアやヨーロッパからの外国人観光客も目立ち、2015年度の来場者約112万人のうち、約3割は外国人という。周辺の街並みも変わってきた。新世界町会連合会によると、以前はマージャンやパチンコなど地元住民向けの店が多かったが、観光客に人気の串カツを扱う店が急増。2000年頃は10店前後だったが、現在は50〜60店舗がひしめく。

周辺ではホテルの建設も相次ぎ、9月には、閉店していた老舗お好み焼き店が、観光案内所に生まれ変わった。新世界町会連合会の大西幸次郎会長(65)は「背の高い建物が増える中、通天閣のような存在感を放つタワーはほかにない。様変わりする町を、温かく見守る存在でいてほしい」と願う。
28日は300円(幼児・小学生)〜700円(大人)の入場料が一律値下げされる。通天閣観光の関係者が幸運の神様・ビリケンさんの前でくす玉を割って祝う予定で、同社の西上雅章社長は「多くの人に愛されてきたナニワのシンボル。これからも地域活性化に貢献しながら、通天閣を守っていきたい」と話している。

<引用終了>

出典Web:http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/news/20161027-OYTNT50000.html

確か大阪に遊びに行く様になって二回目か三回目に、わたくしは通天閣に登りに行った事があります。確かその頃は、新世界界隈は(関西の人達にも)怖い所―所謂日雇い労働者が、昼間っから酒に酔って道路で寝そべっている様な―と云うイメージのあった所でありまして。出掛けて観る、と云うと余りお薦めし兼ねる、と云った反応であったか、と思います。

足を運んだのが(記憶が正しければ)冬場であった所為か、道路で寝っ転がっている様な人はいませんでしたが、何となく場末の饐えた様な雰囲気の漂う、うらぶれた活気に乏しい街だなあ、と云う印象が。
それが数年前、久しぶりに足を運んでみたら、記事にもある「ふたりっ子」の放映の影響か、すっかり小奇麗な街に変わっていたのでおやおや、と思ったものでした。

現在の通天閣を再建する物語は、某国営放送の嘗ての人気番組「プロジェクトX」でも取り上げられた事は、良く知られている所かと。末長く大阪のシンボルとして、健在ぶりを誇って欲しいものです。
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