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2011年04月19日09:52

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モジョライブ〜近藤房之助、春の夕暮れほっこりアコースティック

 ジャズのライブ盤、それも大きなホールではなく、五十人も入れば一杯になってしまうようなクラブでの演奏を聴いていると、ときどきこういう思いにかられることがある。
「この場に居られたらどんなに幸福だろう」
 グラスがぶつかり合う音、笑い声、一曲終わったときの暖かい拍手。音を聴いているだけなのに煙草の煙が漂っていることまで分る。演奏レベルがトップクラスなのにミュージシャンも客もリラックスして楽しんでいる。そういう親密な空気の中に居られたらどんなに素晴らしいだろうと憧れてしまうのだ。
 二〇一一年四月十五日の近藤房之助さんのライブにおいて、ぼくをその夢を実現した。このライブについて、ぼくは言葉を持たない。ギターのテクニックがどうだとか歌唱力がどうだとか、そういうことを述べるのは無意味だ。そういうものを越えた、同じミュージシャンでも人によっては一生獲得することができない「何か」を持った一人の音楽家が創造した一期一会の「その場」にぼくは居あわせた。ただひたすらに、そのことを幸福に思う。

 オープニング・アクトは木製の椅子だった。昨秋のモジョ・グルーブで初めて観たとき、ちょっとしたきっかけがあればすぐに売れっ子になるんじゃないかとグッときたバンドである。この日もジャズっぽいアレンジやバッチリ決ったコーラスがカッコよかった。

 翌十六日は「春の夕暮れほっこりアコースティック」と銘打たれた企画。一週間のあいだに三度目のライブである。出演者は善財和也、黒澤次郎バンド、りん、Suzken、marron+山本達久。
 この日のライブについても、ぼくは言葉を持たない。何しろ、あろうことか、四番目のSuzkenの途中で帰ってしまったのだから言いようがない。
 眠気に耐えきれなくなったのだ。
 断っておくが演奏のせいではない。最初の三組はどれも素晴らしく、中でもぼくには「りん」が心に響いていた。それが、Suzkenのときに巨大な睡魔が問答無用に襲いかかってきた。
 ここ二カ月ばかり、不眠症などという大げさなものではないが、寝つきがかなり悪い。十一時に布団に入ったのに三時近くまで寝入れなかったり、反対に、寝たのはいいが三時ごろ目覚め、それから朝まで寝られなくなったり。そういう夜が続くと、何かの拍子に睡魔が襲ってくると抵抗不可能な状態になる。仕事中だって例外ではないのでフラフラになる。
 Suzkenに悪いことしたなあと思うし、marron+山本達久に至っては全く観られなかったのでどんな音楽なのかも分らずじまいだった。すいません。

 にもかかわらず、今度の日曜日のジャズライブ、久島勝則カルテットにも懲りずに行こうとしている。大丈夫か俺?
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