『星の王子さま』を再読する

久しぶりに、本屋のフランス文学のコーナーを覗いてみたら、『星の王子さま☆学』という本があった。出版社が慶應義塾大学出版会だったので著者を見てみたら、片木智年という慶應義塾大学文学部の助教授の著作であった。
ぱらぱらとページをめくってみると「中国とアリゾナ」という節があった。
「ああ、とうとう中国とアリゾナの関係について本に書かれてしまったか」と思ってしまったが、読んでみると、大したことは書いていなかった。片木助教授は、『人間の土地』の中でサン=テグジュペリが書いた「生きた地理学」について言及する。パイロットにとって役立つのは、飛行機が不時着するときに留意すべきことがらについて教えてくれるような地理学である。地理学者が教える地理学ではなく、先輩パイロットが口伝で教えてくれる地理学こそ、役に立つ地理学であった。「中国とアリゾナを一目で見分ける」ような地理学は、少なくともパイロットにとっては無用なものだ。それなのにサン=テグジュペリが「たしかに地理は、とても役に立った」と書くのは、「もちろんフランス人お得意の皮肉である」（ｐ．１４４）のだそうだ。

片木助教授の評価は、理屈のうえでは間違ってはいない。しかし、「何」に対する「どんな」趣旨の「皮肉」なのか、いまひとつハッキリとしない。どうして、「中国」と「アリゾナ」なのか。

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この問題については、既に何度か日記の中でも書いたけれど、再説してみたい。

「アリゾナ」とは、大日本帝国海軍が、１９４１年１２月にハワイのパール・ハーバーで沈めたアメリカ海軍の戦艦の名前である。
「中国」とは、大日本帝国陸軍によって、武力で蹂躙された国の名前である。

サン=テグジュペリが、『星の王子さま』の冒頭にある「中国とアリゾナ」の一節を書いたとき、彼の念頭にあったのは、敵国「大日本帝国」であったに違いない。僕は、そのように確信している。
「真珠湾攻撃」から７０年近くを経た今となっては、このような説は異様なものとおもわれるかも知れない。しかし、『星の王子さま』が出版されたのは、１９４３年のアメリカにおいてである。サン=テグジュペリが執筆した頃、アメリカでは「リメンバー・パール・ハーバー（真珠湾における日本軍の蛮行を忘れるな）」が叫ばれていた。「アリゾナ」という言葉から、奇襲攻撃によって沈められた戦艦の名前と、日本からアメリカが被った屈辱を想起したとしても、それほど突飛なことではないと思う。むしろ、ナチズムによって占領された祖国のために、アメリカの支援を受けて、決死の思いで偵察部隊に身を投じようとしていた男が考えることとしては、当然のことではないか。

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「私の祖国フランスは、いまドイツによって占領されている。ドイツの同盟国である日本は、パール・ハーバーであななたちの国、アメリカ合衆国に対して屈辱を与えた。日本は、中国をも蹂躙している。ドイツが私の祖国に対して行っているのと同様に。アメリカの皆さん、我々は共通の敵と戦っているのである。今、私は北アフリカに赴き、アメリカの支援を受けて祖国フランスのために戦おうと思っている。遠く離れていても、我々は、人民の解放のために戦う連合軍なのだ。」

『星の王子さま』の冒頭のエピソード、「中国とアリゾナ」に込めたサン=テグジュペリの「想い」は、このようなものではなかっただろうか。
僕にとって、このことは疑い得ないものとなっている。

王子さまの「小さな星」を覆いつくそうとした「３本のバオバブの木」は、「日独伊三国同盟」の比喩だという説く人もいる。確かに、そうかも知れない。

『星の王子さま』は、自分にとって大切なもののために命を捨てて戦うことを決意した中年男が書いた「遺書」である。

そのように考えると、この「童話」（と呼ばれている本）にまつわる多くの謎が解けてくる。

そのような視点から、この本を、もう一度読み直してみたい。
そうして、晩年のサン=テグジュペリが到達し、後に遺そうとした「思想」について考えてみたい。


＜『星の王子さま』前後＞
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＜『星の王子さま』とサン=テグジュペリに関する日記＞
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