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2026年04月17日05:13

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大島はゴム長を 履いていた。

大島はゴム長を
履いていた。



 あっ気にとられた。ほとんど柄さえ見えない渋い大島を着た女性が、ツツッと登り窯の横、段々になっている脇を上がっていく。
 窯の火口の前にいた時は、
「あれ、なにを履いているのか」
と気にはなったのだが、登り道でわずかに裾が上がることで、足元が見えてきた。  
 大島はゴム長を履いていた。真っ黒いふくらはぎまである、ゴム長だった。

 NHK「魯山人のかまど」�っ罎離掘璽鵑覆里世�、あまりの美しさにぼくは呆然としてしまった。
「えっ、それのなにが美しいの」
 そうね、なかなか伝わらないのだと思うね。仕方のないことだ。

 深い紺、目をこらせなければわからない柄、大島という実用の美(「用の美」などという言葉もある)を持つ着物を台所仕事に着ている。(ここで、もう品がいい)
 声をかけて欲しい人が来て、魯山人を「かまど」まで迎えに行く。その時、大島にゴム長を履いていくのだ。
 虚飾という言葉があるが、虚も飾もない姿。さっぱりとした人生の衣装としてあらわれた、大島とゴム長。
 さあ、ここまでで、どのくらい通じるだろう。

 大島とゴム長、両方を身に着けていたのは、(ひとりしかいないが)仲居頭でもあり勝手を任されている、春子で、51歳の中村優子さんが演じている。
 とにかく姿勢がいい。挨拶といえば、腰から頭まで一直線で深々と前に倒れていく。惚れ惚れする。
 口答えをしない。
「会ってください」というお願いに、
「お前は、クビだ。出ていけ」
 魯山人のあたりかまわずの無茶苦茶な怒声に、
「………………お世話になりました」
 と御礼、グチではないよ、御礼を言いながら引き下がる。大島の色味が一段と濃くなり黒いうずくまりになる。

 大島とゴム長の美学は、もうこのシーンで極まれり。地味で地味で仕方のない大島紬にゴム長を履かせたのは、事実に基づくものなのだろうか。そもそも事実だとしても、
「これで、いける」
と思った美術の方の慧眼にはほとほと頭が下がるしかしかない。
(あのゴム長の、あの黒いテカリ具合なら「ミツウマ」なんだろうな)
とまったく余分なことを思ったりしてしまう。馬鹿ですねぇ。

 北鎌倉、魯山人の山房、地名とロケーションがそうさせるのかもしれないが、このドラマ「魯山人のかまど」は小津映画の空気を漂わせている。
 年寄りの限られた時間、修正できない人生。
 歯車の合わない人と人。
 小津はなんとか辻褄を合わせようと自分の映画を仕上げていくのだが、このドラマはそうもいかないようだ。魯山人は、壊れかけの人生を取りまとめようとせず、生い立ちのようにますます壊れかけのまま終点に向かっていく。

 藤竜也は、土塀のような顔になっている。土塀はかすかに揺れている。

             ○

「竜、オレに任せろ」
 主演女優、芦川いずみと結婚しようと思いたった藤竜也は、その相談に成城の石原裕次郎の家に行く。(40年以上も前の話だ)
 いいも悪いもなかった。
 裕次郎は、あっという間に会社との交渉を引き受けてくれた。
 実は(裕次郎が好きで好きで仕方がなかった)芦川いずみは、藤の隣に並んで裕ちゃんに頭を下げた。

 大スター、芦川いずみは藤竜也と結婚すると映画界を引退してしまった。

             ○

 藤竜也は、いい役者になったなあ。
 いまさら失礼かもしれないが、つくづく思う。

 大島とゴム長の女性が、一言の口答えもなく頭を下げておかしくない役者になっている。
 どおして、頭を下げるかといえば、いま時の女子受けの言葉で言えば
「カワイイのよ、カワイイおじいちゃんなの」
 とお茶を濁せば良いのだろうが、そうはいくか。もう少ししっかりした言葉でなければ、ここは変だろう、
「好きだから」
 口答えもせず頭を下げて山房を出て行った。

 きっと振り返りもしなかったろう。

 藤竜也は、笠智衆の姿をしたはじめての日活スターになっていた。日本人を演じることのできる役者になった。そう言って、良いのだろう。



*大島紬:文中、大島とあるのは大島紬。奄美大島特産の絹織物。絹を地味に仕上げた拵えが特徴で、結城紬と並んで、渋い着物の代表とされています。

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