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2023年06月09日13:48

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流星のひと。

 まだ夏のはじまりの明け方、六本木の明治屋の前をタクシーがゆっくりゆっくりと走ってきて、ちょうどぼくの前で止まった。
 両側のドアが開き、ふたりの女性が駆け降り、真ん中の女性を両側から抱き抱えるようにして、連れ出し歩き出す。ふたりの女性は、倒れ込みそうな真ん中の女性に
「もうすぐ、もうすぐ、家だからね」
「早く行こうね、帰ろうね」
と声をかけている。彼女たちは、目の前にいるぼくのことなど少しも念頭にない。
 突然の動きにただ立ちつくすぼくだが行き違う時、念のために真ん中の女性を少し覗き込んで見た。とても非礼だけどね。

 彼女は、藤圭子だった。

 女性は、顔を後ろに投げかけぐったりとしていたのだが、かすかにぼくの方を見返した。ぼくと目があった。あのまばたきをしない目は、やはり藤圭子だった。

(あ、ごめんなさい)ぼくはあまりのことに咄嗟に会釈をした。彼女は、血の気の引いた真っ白い顔でかすかな会釈を返してくれた。彼女の今の体力ではこれで精一杯のなのだと充分思わせるものだった。三人は明治屋の脇道を入っていく。その速度は、とてもゆっくりで辛そうで、遍路を行く巡礼のようだった。

 けれど、ぼくには「藤圭子は、命懸けで歌っているんだ」という確信だけが残った。ぼくはこの時代、歌というものに心酔していて、命懸けで歌っているという姿を目の当たりにして身震いさえした。

 藤圭子は70年代に驚くほどの成功を収めると六本木に、両親のために自宅と家作としてのアパート買った。
 驚くほどの手堅い選択、寝る間のない仕事を終えるとやっと築いた家族の家、六本木の家に帰るのだが、帰り着く時にはいつも半病人だったという。連れの女性は、お母さんと姉だった。

 ぼくはと言えば(そこはぼくがいちばんはじめに勤めた事務所の真裏で)命がけの歌手にもう一度会えないかと行き帰りに見回すのだが、離れて一度、見かけただけでもう巡り合うことはなかった。

「誰がいちばんうまい歌手だと思う」という質問をすれば、それはもう千差万別だろう。「うまい歌手」などという主観はどうやっても詰めようがない。ひとりひとりの好みを聞かされるだけで、混乱するばかりでうんざりするだろう。(ぼくは藤圭子と言って欲しいのだが、おさまるわけもない。残念だけど)

「誰がいちばん迫力がある歌手だと思う」と言い換えると、今度は大分掴みやすくなってくる。さあ、抽象の階段を行く段階か降りてみよう。そうすると、半数は藤圭子と言うだろう。歌に込めた本気の力は、つまり凄まじくこれからも抜く歌手は出てこないだろう。月並みになるから悲しいけど、それは天才の領域だ。

 では、天才がなぜ突然引退したのか。(沢木耕太郎のエッセイが詳しい)

 藤圭子は小学生の時から歌いずめで生きてきた。そのために、声帯の上にシキリ状のポリープができていた。
 このポリープが高音を伸ばす時、引っ掛かりを生み(かすかに小さな)喘ぐような発声になり、藤圭子の個性にさえなっていた。だがそのためにノドに無理をさせることができず、歌いすぎると声が出なくなることもついてきた。
 歌い込んだ次の日は、休んで誰とも口を聞かず過ごしたりしていた。
 ノド休みの1日が少しづつ延び、やもすると2日休みになりという日に
「あー、大丈夫です、声に影響なく綺麗に直してみせます」という大学病院の医師が現れた。
 藤圭子は決心して手術挑む。それはとてもうまく進み、完璧な出来栄えのように思えた。綺麗に音は伸び、声が出なくなることも少なくなっている。まさしく順調と思えたのだが、母親のひと言が圭子がいちばん苦手な「不安」を呼び込んだ。

 母親は元は曲師(三味線弾き)で当時は視力をなくしていた。つまり極度に鋭敏な聴覚を持っている人だ。その母が、
「純子、いまあんたの歌を歌っていた人、うまいねぇ。誰なの」
純子とは藤圭子の本名で、テレビから流れる藤圭子本人の歌に問いかけをしたのだ。

 声に引っ掛かりがなくなり、高音へ声がきれいにノビルようになった。手術は大成功、いや大成功すぎたのかもしれない。母は圭子見失った。
 その日から
「自分の歌が、歌えなくなった」という藤圭子の苦しみの日が始まった。

 それから引退会見まで一ヶ月もかからなかったという。(この項つづく)

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