【江戸新説】
「あと1年、コイツのために生かしてくれ」
レレレの蔦重、最後の仕事。
レレレの蔦重こと蔦屋重三郎、己のが「命の札」の切れる前に仕掛けた最後の仕事の話しです。
日本橋、通油町(とおりあぶらちょう)を出て、最後の「仕上げ」と仲間への「思い」を振り分けに、「まっつぐ」三重・松坂までやって来た。一心不乱で駆け込んだ、その先には、日本一が待っていた。本居宣長先生です。さあ、どうする、どうする、
「先生お願いしやす」。
蔦重が本居宣長に必死で頼むその口上に、
(へ、へ、いいよー)
宣長先生、思わず知らずユルんじゃった。
「洒落が「あはれ」で帰れない」でゲス。
で、レレレの蔦重でございます」
(ここで、井上陽水の「帰れない二人」)
思ったより〜も、夜露は冷たくて
「なんですから、あっち江戸にまるっきり帰れません」
蔦重の頭の中には、源内先生が、山東京伝が、衛星のように回っている。
どうしても死んだ仲間のこころを言葉にしたかった。
「線香切れにするわけにゃあ、いかないんですよ、先生ーッ」
「べらぼう」の時代を言葉にしなきゃ、死んでも死に切れねぇし、死んだら化けてでる、ねぇ源内先生。
あ、死んでるか。
○
蔦重、やにはに一枚の浮世絵を付き出した。
「先生、これをひとつ見てくだせい」
宣長、目の前の浮世絵に目を止める。
(ム、ムッ、これは俺だ、どうしたんだ)
宣長先生、内心はたまげている。
「先生、洒落と「あはれ」をどーかひとつにしてください」
「糊は、”どっこいオイラは生きている”、こいつの面(ツラ)でごぜぇます」
浮世絵は「奴江戸平」、手指がそっくり返っているが大きな鼻が目印だ。
(やっぱり、俺の顔…えー、なんのたくらみだ)
○
「フー、洒落臭いことを」
「…シャラくさい、シャラくさい、先生、まずそいつをいただきだ」
さて、もうひとつ。
「粋」という語源、出典はいまだに定かではない。
確かに体系化したのは、九鬼周造の「いきの構造」を待つしかないが、その実体は、蔦重たちが作り出したものに違いはない。
そしてねぇ、蔦重が本居宣長先生に直談判でお願いしたんじゃないか、という仮説が今日のキモ。よーがしょ。米を卒業してパンにしたから、粋なんてのじゃ「べらぼう」たちに申し訳がたたねぇ、よーん。
あーだこーだの庵の中、宣長先生、幕府に秘密で捻り出した。
「”どっこいオイラは生きている”の域でどうだ」
「宣長先生…ここはひとつ洒落で、おねげぇします」
「うーん「もののあはれ」と「洒落」をひとつにしたい。いわば縁談だな」
その途端、やまとの方から「もののあわれ」が真っ赤な火の玉でやってきた、
お、お、おー、江戸からは「洒落」が青白い顔で素ッ飛んでくる。
松阪の空で、ドッカーン、化成の核融合(一応、合体と言うことで。内緒ですから)。
ジュワーンと光が広がって、蔦重はっと目を覚ます、と宣長先生、(去っちゃってる)髪を振り乱して仕切りに文字を書いている。
息も絶え絶え、ものすごく〜、(ほら、芝居はいいから、早く、早く)髪サンばらで江戸平になりきった宣長先生、そいつを差し出すと
「おい。これでどうだ」
「……あはれが、ひとつ純になって生き返り、粋となる。仕上がりだなもし」先生ニハカニ訛ってる。
(おー、あはれが、洒落て、息吹き返したぁ、てぇしたもんだ)
(こいつぁ、洒落だ、本物だ…これにゃあ、ちぃちぃパッパッ、母、泣き出す)
蔦重、宣長先生の膝前の大和紙に、モロにオデコから飛び込んだ。
「フワーッ、ちげぇねぇ、これなら二つが引っ付いて」
はいいが、よく見なよ、文字が半分、オデコに写ってる。
「あ、あ、あ、先生、ありがた山でございます」
蔦重、一目散で江戸に大返し。後はかくもご存知のごとし。
このひと文字を見てですよ、死んだ源内先生、目を開けた(らいいのにな)。
○
もののあはれ」に続く文化論は「粋」、
「あはれが、洒落で生き返る、純になって粋になる」
どっちも本居長先生の作という新説です。
蔦重も、よろしくね。
レレレ、お戻りですか、蔦重さん。
「さっき、1年って書いた”状差し”を担いだ飛脚が、お店に飛び込んだばかりですよ〜」
注:粋は元来、純になるという意味です。「もののあはれ」が洒落で純になって息を吹き返した、という見立でございました。
ー了ー
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