小説・藤圭子 ー終わりなきエピローグー
(前回とほぼ同じイントロを使っています)
8月22日が近づいてきました。
藤圭子が西新宿の宙(そら)に身を投げた日から13年です。
どうして藤圭子は身を投げたのか。
その時、藤圭子の人生はどんな状態だったのか。
答えのでない大きな?が、あの日以来、ポカッと西新宿の宙に漂っている。そいつはUFOのように軽快で無音の浮遊オブジェで
「圭子ーッ」
と呼ぶと少し身震いをする。?の身震いは、人の存在を感じさせるのに十分な動きだった。
藤圭子は「自分はオールマイティだ」と思っていた。天才と持ち上げられる人間の共通の意識で、本人にはまるで迷うことはない。
再現してみようか。
曲に詰まったら、圭子は「フフフ、フッ…」と鼻歌をする。それを採譜し、音に直すとほぼ問題は解決している。
「昨日、マー坊、今日、トミー…」
「詩に力がない」とスタジオで評が出た時、圭子はこの詩であっさり解決した。その場で作詞したのだ。
このことが「圭子の夢が夜ひらく」というタイトルの原点になっている。
「音楽のことなら、わたしはすべてのことができる」
だから契約違反をなじる記者会見を張り倒し、親子3人でニューヨークにやってきた(逃げてきた)。
「大丈夫、わたしが全能を発揮すれば、すぐ問題は解決するわ」
(当時は)まるで力無き亭主と子供連れで、オールマイティ圭子はニューヨークに住みはじめた。
「Uスリー」というグループ名で楽曲作りをはじめる。ハタ目には
「うまくいくわけねぇだろう」
なのだが、本人はまったく意に介さない。スタジオを借り、プロのマニュピュレーターを都度雇い、原盤を作成していく。どんどんと資金は減っていく。それも気にしない。
何枚かの曲は出来上がり、小ぢんまりだがデビューさせる。だがこれも
「そうはうまくいくかい」
という予想通りの状態になる。もちろんオールマイティ圭子は怯まない。
「スタジオ代が足りない」
「……………」
「じゃあ、クルマを売るか」
クルマを売ってスタジオに向かおうとするが、今度はスタジオに行く足がなかった。次の手、日本に戻り、あちこちにプッシュする。
「うちの娘は天才なのよ」
目の前にいる天才は信じるが、それ以外のことは興味がないようだった。
それでも藤圭子は繰り返す。
「うちの娘は天才なのよ」
隙間を縫うように、異風がやってくる。ニューヨークでのことだ。
「日本語で歌わせたら、どうだろうか」
東芝EMI三宅彰氏から宇多田照實氏に「ささやき」が届いた。その生臭い「ささやき」に素早く宇多田氏は反応した。
「経費はウチで見るから」
というシズクがこぼれ落ちそうなオマケもついていた。
宇多田氏にはある種のプランが浮かんだ。ヒカルに
「自分で日本語の詩を書くんだよ」
と言葉を継ぎ足した。そして、その一言が、宇多田氏がプロデユーサである唯一無二の根拠になって行った。オールマイティ圭子はその事情を全く知らされていなかった。
隣のスタジオから漏れてくる声に東芝EMI三宅彰氏は反応したとされている。それに、
「藤恵子の娘とは知らなっかった」
というデトックス(毒出し)の二つの筋書きを作り出しているが、おおよそインチキに違いない。
「ママ、怖い」「パパ。嘘つき」
というヒカルの言葉がここは正しい。
ニューヨークのスタジオはそんな薄壁なんですか。ノッケから嘘バッカリがすぐわかる。消したい、隠したい事実がそこに宿っているからとしか言いようがない。それは、足跡を消した、刷毛の跡なのでしょうね。
面倒だね、直截なところから話しをしましょうか。
この話しは、男が女を騙す。男たちが女を騙す。とても性悪な事例の話です。いくらぼくが事実を暴こうとしても、当の女は身を投げ、騙した(と思われる)男たちは商業的成功を収め(ヌクヌクとしようか)生きている。この竦然とした世界にぼくはいるわけだ。
モロッコで外人部隊がいなくなった後に、片方のハイヒールだけが落ちていた。
この喪失感は、どうにも癒されないまま棒のように立ち尽くしている。風の日も。雨の日も、そして砂嵐の日も立っている。
そうして8月22日になると、たくさんの人が西新宿の西向天神社に向かう。
西新宿にドラクロワは、いつの日か自由の女神を再来させるのだ。?は舞い降りて自由の女神になるのだ。いつの日か、あーNSPの「歌は世につれ」が出てくるとは。寂しいことだ。そーさ、すべては、世につれなんだ。とても反抗なんてできるものか。
西新宿のベランダには片方のスリッパが、少し歪んだ向きで残されていた。
少し歪んだ向きは、言葉を持っていた。
「さあ、あたしは、歌うよ。今度はみんなのために」
靖国通りを自由の女神は進軍する。ウシロを陽炎のように人々が立ち上がってくる。血染めの学生、破れたシャツの男、疲れてやっと声を出す男、目をさましたばかりの乱れ髪の女。新宿のあの日を生きる人々がつながっていた。
なんて美しい姿だ。
ーエピローグー
この文章は、ぼくの書いた「小説・藤圭子」のプロローグとして書き足したものです。
書き切れなかった「ほんとの話し」とはどういうものか、それを指し示すものになればと思い書いています。「性悪な事例」という危険な言葉もあえて使っています。
ぼくは、ほんとの声、姿がもっと見えてくるべきだと思っています。
岩見沢の雪の中で、トラックのおじさんから「エンジのオーバー」をもらったことを話す藤圭子の表情を知っている人はもう一人もいないでしょう。そうした事実を拾っていくと、
「藤圭子はいいねぇ、あっしが生きているうちはもう一度、聞きたいねぇ」
というおばあちゃんの声に出会うことにもなるでしょう。
そうして行くと、藤圭子は「ホントは歌いたかったんだ」というところに行き着くのだろうと思う。それが自然で、あるべき姿だとぼくは思う。
○前回のイントロをそのまま使いました。8月22日だからです。
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