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2026年04月07日16:53

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大滝詠一マニアになろうか�� 森進一が天才だった時、1968年。

大滝詠一マニアになろうか��
森進一が天才だった時、1968年。



 大滝詠一の「日本ポップス伝」を見て(聴いて)いたんですね。するとね、
「近いなあこの人、世代なのかなあ」
ということがたくさんで、とここまでは前回、書きました。そしたら、いよいよ入れ込んじゃって、表で会ったら
「大滝の兄弟と呼ぼうかなあ」
と思うまでになっちゃった。
 もちろんねぇ、会えるわけはないわけ。(随分、はやいサヨナラでしたね)
 それでもさあ、なにか理解者に出会うと人はあったまるんだ、うれしいもんだ。どこがどうと言えば、
�‘�本語と音楽の関係
��音楽の進化の意外性
というようなことか。

              ○

 中でねぇ、森進一、この人へのほめ方が実にいいねぇ、握手したくなった。なにしろぼくとほぼぴったりの意見。それは、日本語論です。

 まず森進一が歌う古賀メロディ「影を慕いて」の歌い方をほめます。�,痢嵌�しき天然」のメロを受けついだ「影を慕いて」が、いよいよ次の段階を迎えるわけです。

 幻の影を慕いて 雨に日に
 これを
 ま〜ぼろーしの〜  か〜ぁ〜げぇをしたいて 雨に日に

 と歌うわけです。当人、古賀政男はこれに狂喜した(そうです)。それまでの歌手とは違う歌い方に、
「やっと自分の思う歌(作詞も自分です)が再現できた」
 というよろこびを得たらしい。(これ、当時の言葉がほぼそのまま残っています)

 ぼくはと言えば、森進一の歌が作り出すあまりのほんとらしさに「衝撃を受けて」いました。
 俗ですが、ガーン、です。

 大滝式の解説、明治の昔から西洋音階を学んで、たくさんの曲が生まれてきた。しかし、なかなか日本語の歌詞が西洋音階にのらなかったんですね。
 特にベルカントは、日本語をなにかこうフワフワしたものにしてしまって、とどかない言葉にしてしまう。ぼくは、別原稿で「千の風に乗って」の嘘くささを指摘していますが、そおゆうこと。ほとんどの言葉が肉体感のないうすいものになってしまいます。

 まぼろーしのー  かーげをしたいて
 と歌う、東京音楽学校(首席とされる)藤山一郎の歌を古賀政男は、実はさほど「よし」としていなかったんです。
 
 クラッシクの歌い方、もう一つの例をあげます。
 どんと どんと どど 波乗り越えて
「われらがテナー」と呼ばれた藤原義江の「波乗り越えて」ですが、力強く歌うことで曲調を持たせているのですが、いくら力んでも日本語の甘さはやはり残っています。

(西洋唱法では)曖昧になりがちな母音をしっかりと音にして、一連の強い情を持つ言葉にしていく唱法。
「森くん、きみの歌い方だよ」
 古賀センセーは、森進一を賛美したわけです。

 これがねぇ、
「あーれから40年、なーんですよ、みなさーん」
 綾小路きみまろじゃないけどね、
 藤山一郎から森進一が歌うまで、ほぼ40年、日本の歌謡曲はこころにとどく日本語を手にするのに時間がかかった、ということになるのです。
(念のために伝えます。当時、藤山一郎の歌は空前のヒットでした。つまり、進化の過程に起こる出来事と理解してください。進化は、いつも先端で起きるものです)

 森進一の歌は、一体どこから生まれたのか。
 森の最初の師匠は、東京パンチョスというビッグバンドのリーダー、チャーリー石黒で
「森くん、きみは、サッチモ(ルイ・アームストロング)の歌い方を目指せ」
と教えたのが方向をつけたとされています。
 そして民族音楽の研究者、小泉文雄の感動が森の正体をもうひとつ明らかにします。それは、
「あれは、あの歌は新内だ」
という指摘。(小泉文雄、この人の意見もぼくとよく合う)

 つまり、森の歌は、サッチモと新内の一体化と定義してみると
「うーん、なるほど」
と思わず膝を打ちたくなります。
 解説します。ぶ厚い人の声と泣き節の一体化、とするとわかりやすいかな。
 
 で、ね、森進一の天才が永遠に続いたかといえばそうはいかない。
「森進一、古賀メロディを歌う」というアルバムの発売が1968年で、森の歌い方が次第に形式化されていくことで、天才の魂を失い普通の芸の一部になっていくのですね。

 これも、芸の宿命です。

              ○

 明治に上陸した西洋音階は、行進曲にはじまり「美しき天然」を生み、それが「影を慕いて」に転化され歌謡曲になっていく。その中で、いちばん欠点を抱えていた日本語の歌唱は、同じ「影を慕いて」での、森進一の登場で一挙にリアルな「語り」と「泣き」となってひとつの歌になっていく、という説明でした。

 もちろんね、一曲だけで歴史のすべてが変わるわけはなく、たくさんの二番手、三番手、さらにはイトコハトコまでも並べて時代を変えていく、というのが実像です。

 そして、(いよいよ時を経て)、西洋音階にのる日本語は、サザン、ミスチルまでたどり着くことになるのですね。ロックにのりしかもきちんととどく日本語への希求が進む、というわけです。
 サザンは、もう少し詳しく言うと、弘田三枝子と森進一を両親にして生まれた、というのがぼくの意見です。

 長々とやっちゃったなあ。このクドイ話し、田舎臭いかなあ、それにどこまで通じるものか。
 そお言えば、大滝詠一は岩手県出身だなあ。岩手で、よくあれだけの音源を集めたもんだ、すぐれた「辺境の人」だったと言って良いのか。

 では、最後も、古賀メロディいこうか。

 男いのちの 純情は
 燃えて輝く 金の星
(ということなんだ)あー、「男いのち」には泣けてくる。
 夜の都の 大空に
 曇る涙を 誰が知る

(できたら、森進一風に歌ってください)
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