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2026年03月28日02:41

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【ぼくの浅草 1】 「ロックの真ん中を、犬が歩いてた」

【ぼくの浅草 1】
「ロックの真ん中を、
 犬が歩いてた」


 ぼくにとっての浅草は、残念だけどさびれた町だった。
「おーい、ロックの真ん中を、犬が歩いていたぜぇ」
 というからかいがもっともらしく聞こえたくらいで。もしかすると、本当だったのかもしれないさびれようだった。

 はじめて浅草に行ったのは小学校の低学年の頃、正月明けで、父親と一緒だった。
 仲見世から観音様に突きあたり、そこから左に向かう道には、道路に張り出した食べ物屋が並んでいる。その反対に「花やしき」があり、当時の目玉の演し物は回転ロケットで、巨大なカプセルが上下に2機ついていた。ぼくは
「あれは、空を飛ぶものだ」
とすっかり信じ込んでいた。だから、正直、横目にも乗りたくて仕方なかった。

 父親は、ヒョイとひとつの食べ物屋に入っていった。
「どうも、お久しぶりです」
 と奥から声がかかる。
「これに、おでんを温っためてやってよ」
「はーい」

 大鍋に昨日から入っていると思われる具を選び出し、温めてくれた。
(え、残り物なの)
と、思ったのだけど、後から知るのだが(これも諸説ある)関東のおでんの発祥は浅草で、それもシミシミのおでんを食べるのが浅草の本筋だという。
 子供たちの大好きな「ちくわぶ」は、すっかり浅草の出汁に染まっていて白地なんてどこにもなかった。

「おでん」を食べ終わると、
(よーし、行くか)
とロックへと急ぐ。

(おわかりでしょうが)ロックは六区のことで、六区興行街と呼ばれる浅草の映画街の通りを指しています。

 目指していたのは、ロックの手前、木馬館で、昭和10年代には安木節の木馬館で一世を風靡したらしいのだが、わずかこれだけの記述でも見通せるように
「時代遅れもはなはだしい」
演し物で、小屋だった。音楽としての安木節というより、姉さんたちのすそまくりと赤い蹴出しが人気のはじまりだったのだけど、裸になる「フランス座」には勝てないわけで、客席はほぼ空っぽの状態だった。

「えーっ、木馬館に行ったの」
 浅草生まれの、同級生の宿屋の息子にその話しをすると大きな声であきれられた。地元の人間にも見放されていた、のだろう。

 少し説明をしておくと、昭和のはじめ、浅草の人気は川端康成「浅草紅団」の中で水族館劇場では踊り子が週末にはズロースを落とすという書き込みがされ東京中の評判になり、人を集めに集めた。それと双璧とされていたのが安木節の赤い蹴出しで、蹴出しの奥が「見えたか見えないか」かが、もうひとつの浅草の色気だった。

 安木節が終わり、幕が上がり直すと紋付姿の老芸人が釈台を前に中央に座っていた。
 講談の神田伯山だった。想像でしかないが、吉良常のようにすがれた風貌で、白髪でやせていて、みるからに渋い姿だった。

「石、どうかこのまま清水港に帰ってくれ」
「都鳥がいいか悪いかは後の話し、石、お前(めえ)が生きて帰っての話しじゃねぇか」

「兄貴ィ、オイラにもヨォ、そ、それくらいのことは、わかる」

 とびきりの塩辛声が「小松村の場」を語っている。語りだが、ぼくにはまるで節のように聞こえた。ぼくが、伝説の名人、次郎長の伯山を聞いた最初だった。

              ○

 母親がロックを歩いていた。知っている者の寺が裏手にあって、そこに寄った帰り道だったのだが、面白すぎることが起きてしまった。行きに母親の姿を見かけていたんだろう、歩いている前に出てきて、
「姐さん、すいません。中を見てやってください。ガラガラなんですから」
 フランス座の呼び込みが、なんと女の母親に声をかけたのだ。

 だってさあ、フランス座はストリップで女に用はない、はずだ。なんとまあ、お構いなしにもほどがある。

「あんた、困ってんの」
「まだ日の高いせいもあるんすかねぇ、まるでいけません。奥に叱られっぱなし」
「へぇー、あんたの頼みだ、入ってやるよ」
 母親はフランス座に入っていった。

「うちの呼び込みのバカが、よりにもよって女の人を呼び込んだのさ」
「いい加減しろってんだ、バカヤロー、と怒ろうとしたら手を合わせるじゃない、もうしょうがないよねぇ」
 深見の師匠の連れ合い、紀の川麻里さんとおぼしき言葉が残されているのだが、あれは母親のことだと思う。(確かめてはいません)

              ○

 雨上がりの仲見世の裏通りを歩いていた。いま思い出しても、どうしての仲見世の裏を歩いていたのか思い出せない。ぼくは中学生で学生服を着て、その上に制服のコートを羽織っていた。
  遠くの方から、ぽっつりぽっつり人が歩いてきた。近づいて来ると、白いシャツにジャンパーを羽織っているのがわかった。サンダルばきだった。ぼくは急いでいた。急いでいたから、近づく人にあまり注意が向かなかった。
 ジャンパーはサンダル少年で、その少年はぼくの前まで来ると、突如
「エンエン、エンエン」
 と、泣きマネをはじめた。ぼくに向かってね。

 ぼくはこのキテレツな行為をすぐに悟った。
「エンエン、エンエン」の泣きは谷啓のギャグで、「おい、泣いてみな」のツッコミに、すぐ泣き出す「泣き虫・谷啓」というネタだった。
 そして、あろうことか同級生の高井と二人で、体育の時間の前にこのマネ芸を何度も繰り返し練習していた。

 ぼくは、学校でやるのと同じように
「おい、泣いてみな」
とツッコムとサンダル少年はまたも
「エンエン、エンエン」
と泣きマネだ。いいタイミングで
「お前は、誰だー」
とツッコムと
「谷だーッ」

 やっぱり高井だった。

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