ヨンギュのヨンキュウ。
【WBC2026 第二戦・韓国戦より】
韓国戦は、相手に3点を先行されてはじまった。そこから日本がホームランで追いつき、またホームランで追いつかれる。
日本は4本、韓国には同点の1本が出る。
ホームランでゲームが動いて行く。となるとこの試合は、大味な展開と思われるかもしれない。
だけれど、全然違うよ。
どれもがヒリヒリする打席でのホームランで、とても大味どころじゃない。言ってみればだが、命がけの打席のホームランの連続だ。もちろん韓国のホームランにも同じことが言える。
少し例を上げてみよう。
花巻東で大谷の先輩、菊池雄星が1回表、3点を先制されてベンチに戻る。
「なんとかなんとか、3点に抑えた」
ハタ目には、そうゆうことなんだが、菊池雄星はまるでロボットのような足取りでガクガクとベンチに戻った。ベンチはグラウンドから一段下がっっていて、入る時、重そうな音がしたように見えた。
1回裏、すぐにホームランで2点を返した日本3―2の3回表、菊池雄星はまたもランナーを得点圏に出した。
(ここだ、この回までの辛抱だ)
雄星は渾身のストレートを多めに投げなんとか抑え切り、振り返る間も無く、
ベンチに座り込もうとすると、大谷翔平はホームランを打ち込んでいた。
(あッ、ホームランだ)
菊池雄星は立ち上がり、戻って来た大谷翔平に駆け寄り、手を伸ばした。きっと大したことも言ってないだろう。けれど、
「翔平、ありがとう」
という声が菊池の背中に映っていた。
そして、鈴木、吉田のホームランが続き、あっという間に3―5にひっくり返していた。
つまりね、(少し恥ずかしいが)ゲームは、健さんドラマのように進行していった。思い返してもぼくには、そう思える。なんなら、ドームに雪でも降ればいい、無理か。
先輩を助けた男、助けられた男。駆け寄ると大した言葉もなく、ポンと背中を叩いただけで戻っていく。
鈴木も、吉田も、みんな無名の男としてバットという大きめの木刀を振っている。
「男は無名がいいねぇ」
「おい、なんだい突然、どうしたいんだい」
「いや、まあ…野球を見てたら、そう思ったよ」
「ふーん」
無名の良さがわからなくなると世の中は悪づれしてくる。どういうのが悪づれかと言えば、独裁というのがある。その独裁が真っ盛りの時代に、無名の大切さを言いたくなって仕方ない。
「男ってのはなあ、人のために生きるために生まれてきた」
独裁が生まれるのは、これが、みんなわからなくなっている、てぇことなんだよ。
「無名を嫌がる奴の代表は、自分の名前を書いて欲しがる奴だ」
「代議士だよ」
「よくできてるねぇ」
ホームランだけで動いたドラマのように見えるが、一枚の布を織りなすように小さなドラマも進行している。死球や走塁や、四球が、横の糸の役目をする。
7回裏、5―5の同点、そこまでノーヒットの近藤健介の打席、ランナーは大谷で二塁。
(縦の糸はあなた 横の糸は私)
近藤健介は辛抱した。ジッと辛抱した。最後の最後で、バットを振らなかった。バットを握り締め、前を見ていた。最後のボールは高く外れた。
韓国の投手、キム・ヨンギュは健介との粘りくらべに負け、四球を出した。
健介はバットをバットボーイに手渡し一塁に入った。すぐに代走が出た。
この出塁で、試合は日本に動いた。次の鈴木を、根比べに負けたヨンギュは押し出して、続く吉田のタイムリーで得点差はできた。5―8になっていた。あと2回しかなく、抑えの用意を考えれば、日本の優位は動きそうになかった。
試合を決したのは、
ヨンギュのヨンキュウ(四球)だった。
(織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない)
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