競輪、
アイスな風の正体。
周回が進み、ジャンが鳴る。一気にペースが上がり、勝ちをを目指した9人がゴールに殺到する。
シャーと車輪が回る音。接触による金属音を発生させることがなければ、ほとんどの場合、氷のような冷えたドラマが走り出し体を冷やす。最後の最後に胸の奥にスッと、冷たい風が行き過ぎるとレースが終わっている。
大声を出す人もいることはいるが、脳が勘違いしているだけで、実際に顔を見れば青ざめていたりする。競輪の魅力は、胸に吹くアイスな風なのだと思う。冷えた興奮と言っても良い。
時が集中し、息を詰め切って温度が冷え切ることで発生する(架空の)一時の死、それが正体なのだとぼくは思っている。ナイフのような冷たい風に胸をハスられる興奮を覚えると、競輪の本当のフアンになる。
さっきの話だが、大声を出す人のほとんどは長続きしない。特観席の人の出入りを見続けていれば、わかることだ。他の世界の人だ。
○
と、競輪についてカッコつけたことを言っていたら、とんでもないよ。これだから、世の中、先はわからない。その気になって歌ってはいけないのだ。
今年はじめてのG1レース「都道府県選抜」が終わった。脇本雄太の優勝だが、このレース、相当に退屈なレースになっちゃった。
「オトコがお見合いするかあ」
「よしなよ、よしなよ」
顔を見合せていてどうすんの、と声をかけたくなるような惨事が起きた。顔を見合せるということは、レースの進行(勝負の流れ)が停止してしまうことになる。
もっと言えば、これが出るとタイムは落ち込み、レースはドロンと単調になる。本当のお見合いでも同じ。(一時でも)定点にして、観察しようということだからね。バタンと止まる。
相撲だって、立ち合いでお見合い部分を消しているから、真剣勝負が浮き出てくる。
「あーたねぇ、真剣とは往々にしてそういうものですよ」
いいからいいから、おじさん、そういう話しじゃないのよ。ぼくの話しは。
○
そもそも今日のレースは、
(近畿4人・別線2人・単騎1人・中四国2人)
という偏った組み合わせで、はじめから近畿が大優勢だった。
近畿・先頭の寺崎は
「ウシロのために捨て身の先行も辞さない」
と身構えている。寺崎は、いま一番、引っ張る力を持っている選手で、3分ほどじっとしていれば流れに乗せられたまま近畿ラインで決まってしまうだろう。
さーて、この優勢を壊すには、二つのポイントがある。
1、�〃柑覆�前をとり、近畿の�セ�崎に簡単に突っ張り先行をさせない
2、�┯ど�が叩き、�イ鮟个気擦覆ぁ覆覆い掘棒莵堊茲い鬚垢�
ところがだ、
1は(毎度のことだが)近畿3番手、��古性の猛ダッシュに前を奪われる、(譲っちゃったという意見も多い)
2は、叩きに出るところで、はい「お見合い」になって、ついで突っ張りになる。あーあ。
1と2を外されれば、派生する変化も霧のように消えてしまう。まるでやることがなくなる。
無情というか、非情というか、無駄というか。
時間はあっという間に進行し、勝負どころは消え、近畿の作戦はほぼ寸分、変更することなく終わった。
「やってられないなあ」
という声が日本中から聞こえてきた(気がした)。
○
今日みたいな日は、アイスな風はどうなってんだろう。そーね、ほとんどの人にはお休みなんだろうと思う。
引いて言えばゴール前の一瞬だけ、����から�´ΝГ鮖�っている人が味わっただけ、それもきわめて短時間の風だったろう。
では、本物のアイスな風はいつ吹くのか。自分のイメージした未来が踊るようにバンクを走り回り、事実になり変わって行く時間。
性的な時間が訪れるのは、そういう時だ。
はるか昔だが、虫明亞呂無氏とギャンブルの持つ性的なイメージについて話しをしたことがある。
性と死とギャンブルは、一直線で繋がっている、と虫明氏は言う。ぼくはと言えば、一も二もなく「はいその通りです」と答えた気がする。
○
自転車は、人間に似ている。
自転車の動きのなにかが見る人と同期する、というのが若い頃からのぼくのイメージだ。どこに同期するのかと言えば、まさに動悸ではないだろうか。
次第に速度を上げて行く自転車。ぼくの動悸はつりこまれ、死に物狂いでペダルを踏む選手の動悸とひとつになってゴールという死までこぎつける。うまくいけば、動悸は静かに射精する。
アイスな風の正体とは、同期を解放する時に流れるナイフのような風だ。と思っている。
ログインしてコメントを確認・投稿する