5ー2 古今亭志ん生、アナーキーの起源
古今亭志ん生はぞんざいな男だった、言い方を変えればズボラな人間で。もっと言い方を変えると「捨て身」の男だったというのは、どうだろう。
アナーキーが生まれるには、どうしてもこの「捨て身」の魂がいる。これが、僕の持論です。
自分の身がかわいい人間には、何遍まわってもアナーキーにはなりきれない。
アルチュール・ランボーの人生を見てみれば、すぐにわかるはず。人によっては投げ槍というくらい、過去にとらわれず生きていく。
ホ、ホ、ホーと思い浮かべると意外なことを思い出す。談志は言う、
「…ったくもう師匠、乱暴(ランボウ)なんだから」
まさか談志に言われたくはないだろうが、ここでも同音のランボウが出てきたね。実はこのランボウさが、アナーキーの生みの親。よくいやぁ、こだわらねぇ。すっかり自由の魂になり切っている。だからねぇ、とんでもねぇクスグリが飛び出してくる。
くるよー、きたよー(あ、これ、漫才師)。
湯がねぇ、熱いねぇ、
熱くて、食いついてくるよぉー。
俺の下駄を履いて帰っちゃった。
ひどいねぇ、やつの履き物があるだろう、それを出せってんだ。
えー、新聞にクルんで持ち帰りました。
なんだいこの掛け軸、女の子でも連れて来ようか
と思ってたら二宮金次郎だ。
薪を担いでどうすんだ。
さてと、なぜ捨て身になれるのか。一番はじめに戻るよ。
古今亭志ん生こと美濃部孝蔵は「侍の子」だった。これ、いいよねぇ。貧乏して親は巡査で、ガキの頃からの丁稚奉公。それでもねぇ、志ん生の心意気は侍だったんじゃあないだろうか。
「いざとなったら、腹を切りゃあ終いだなあ」
そんな「捨て身」の覚悟が、おおよそこだわらねぇアナーキーなクスグリを生み出した。
これが、ぼくの見立てなんだが、そうは外れていないんだろう。相撲で言えば「うっちゃり」のように言葉が出てくる。そお言う落語人生だった。
あ、根っから「うっちゃり」ができない地道な人もいるよ。そお言う人、言っとくけど噺家になっちゃダメ。
「えーと、こちらに美濃部孝蔵って人はおらんかな」
まだ朝太の頃、ある日、巡査が楽屋にやってきて、尋ねた。
「警視庁に追われるようなことはしてねぇが、いないってことにしといてくださいな」
後から分かったことだが、実家から父親の訃報を伝えにきたらしいのだが、以来、実家と繋がることはなくなった。
「侍の子」は、ひとりぼっちで噺家を続けた。
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