五十年に一人の才能、
菅井きんと大久保佳代子。
この文章は2018年、菅井きんさんが亡くなった直後、巡り合わせたように登場した後継の大才能との入れ変わりを見て、つまりこの人たちの個性とは「五十年に一人の才能」なんだと思い付き、大急ぎで書いたものです。
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どっちも快しとしないだろうけれど、似ている。ほ、ほんとに似過ぎている。そこでね、
「お二人、似ていますよ」と声をかけてみる。すると、
「その方は、どちらの方なんですか」
「あんたたち、なに言ってるのよ、反省しなさい」
などとどちらも、ものの見事に否定するね。これは、ほぼ読み筋です。
でも、無理なんだ。似過ぎてる。本人たちも前からどっかでわかっていたと思うよ。
「菅井さん、お母さんって呼んじゃおうかなあ」
と大久保佳代子が持ち前の特大の図々しさで言う。すると
「うちの娘は、失礼ですけどあの人みたいなブスじゃありません。ちゃんと嫁に行けました」
と菅井さんが答えたりしてぷいと横を向く。こりゃ、いいや。
えーと、菅井きんの育った年代は古くて「嫁にいけるかどうかどうかは大事なわけ」で、未婚の大久保は「女の資格なし」という評価。だから相手にしたくない。
菅井きん 1926年(大正15)生まれ
大久保佳代子 1971年(昭和46)生まれ
45歳差ですか。となると、ここだけの話ですよ、他所で言っちゃあだめですよ。
ブス女中面(ズラ)ですかね、二度と言いませんよ、これ最後、ブス女中面(ズラ)、ああいうとびきりの個性あるお顔の方は半世紀、五十年に一人くらいづつ芸能界には必要となる、という説がこれでなり立つんですかね。
大きく言えば「五十年に一人の才能」、ということでいかがでしょう。
「あたしらは顔だけで成り立ってんのか」
なーにをおしゃいますか、えー、そうです。
あとのモロモロはあの顔に自然とついてきます。磁石の砂鉄です。持ち上げれば、ゾロっとついてきて宙に浮きます。目に見えます。あけすけないシャベリも、小憎らしい表情もゾロゾロ見た通りです。
だって菅井さん、「仕事人のシュウト役、ずい分苦労しました」とか言ってますが、ホントのところすーっと芝居が出てきたと言うじゃないですか。まるで苦労なし、という役者同士の伝聞がそっくり残っています。
大久保さんはひどいよ。まだ半素人の「めちゃイケ」の頃からほぼ素のまま。抜け抜け図々しいブスをそのままやっていた。よく言えば、立ってるだけでよーく目立つ「ブス芸」になっていました。(古い話ですが「めちゃイケ」で)函館まで加藤浩次にノコノコ付いて行った時には、図々しさもここにきわまれり、海が見える丘、素人でブスの立ち姿、芸能界無法地帯の様子でした。
その有り余る無法な才能で、一気にプロの仲間入りでしたね。すごかった。
菅井きんさんは、なんと東大の職員だったんです。教員という声も一時あったようですが職員で、なんというか極め付けのお堅い仕事、それを辞め
「お父さん、わたくし女優になりたいのです」と父親に申告すると
「女優とは美しい女性がなるものです」と表情をかえずスラッと言われたそうです。
お父様のご意見もっともですが、先ほども書いたように半世紀に一人くらいの余裕はあるわけです。そこにスベリ込みました。
大久保さんは千葉大の出身ですよね。文学部文学科です。
仄聞によりますと、名うてのブスでございまして。道を歩くと校内の犬がよけるとまではいかないものの(なぜか犬はブスが好き)、新入生が迫力に気圧される様子だったと聞いています。
となりまして、そろって国立系という奇跡のような出来事が起こっていたんですね。(当時は)国立はブスに縁が深い、と一部でされていて、これは信じられる偶然です。
誤解されるといけないから言っときますが、ぼくはお二人とも好きですよ。
どうしてかなと言えば、ホントらしいから。どだいぼくは顔なんかついてればいいという方でね。カタチに拘りません。もし言い出せば
「あんたに言われたくない」
とすぐさま言い返されるのがオチ。それを言われたくないからそーっと生きてます。
菅井きんと大久保佳代子の顔、あの岩石のような顔には真実らしさがあるんだろうな。そこに、あの芸(もし芸とすればなのだが)の骨格があるのだろうねぇ。いよいよ真実に近づく。これは、命がけだ。
その真実らしさってなあに。はい。嘘のつけない顔です。(内緒ですが、あの顔で)嘘つきだったら少し度が過ぎます。すべてドキュメンタリーになっちゃいます。
ちなみに「めちゃイケ」での加藤浩次は、度の強いものを食らってもう呆然。半ば気絶です。
少し説明すると、ストーカー・ブスの大久保佳代子が「好きで好きでたまらない」はずの加藤にアッカンベーをしたんですよ。(内緒ですが)人にアッカンベーをできる顔じゃない。少しわきまえろ、という声がその時、聞こえました。(菅井きんさんのお父さんのようだが、定かではありません)
とたんにカメラがドカーンと暗くなりました。絞り不能、IRIS OUTです。
で、ね、「五十年に一人の才能」のお二人に、親子をやってもらったらどうなっただろうか。これは見たかった。
まず、誰が見ても親子だろうな。そうして意地の張り合いのやりとりがはじまって、ジトッと度を増してくる。来るよ、来るよー。
「佳代子さん、お茶をお願いします」
「え、お客様いらしたんですか」(手をかざしてぐるっと見回す)
「なにをしてるんですか、佳代子さん、わたくしですよ」(扇子、パタパタ)
「お母さま、お茶はもう何年も入れてません」
「さっき出していたあれはなんですか」
「なんのことですかー、忘れました」
(バチンと目があって、そっぽを向く)というあたりでいかがでしょう。
これは笑えるだろうなあ、なにしろ「五十年に一人の才能」がぶつかり合う芝居。足し算で100年に一度のコメディ演技、ほぼすべての人が頭を下げることになりはしないだろうか。
さあ、ここだ。AIでなんとかならんか、頼む、お願い。
二人が並ぶだけでもいいからね。えー、アイデアのはずですよ。
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