やがて汽車は出て行く。
〜「べらぼう」最終回を前にして〜
「べらぼう」は、いよいよ来週はホントの最終回。
NHKのあらすじに添えば、今週・来週は最終回の前・後編。なもんで今週(7日)はご政道に関わるものは始末を付けておく回となっているようです。で、生田斗真演じる一橋治斎は処置されてしまうわけですね。お待ちかねでしたが、やっとです。
一応、説明、一橋治斎は睡眠薬で眠らされ、寝ているうちにひっそりと運ばれて阿波ノ国の孤島に流されてしまう。とはいえ一橋治斎を「神隠し」にするわけにはいかないので、治斎にそっくりな能役者、斎藤十郎兵衛を替え玉に仕立てあげ一橋の屋敷に入れ込んだ。というストーリーです。
○
史実は、一橋治斎は文政10年(1827年)、77歳で死去。墓所は上野の寛永寺ですから阿波に幽閉はフイクションです。
「治済の血筋が御三家や御三卿へ行き渡っていった」
というのは事実で、その豪奢な生活ぶりを含め、
「天下の楽に先んじて楽しむ」
人物という記述が残っています。
同じ本の記述に
「天下の憂に先んじて憂う」
人物としてが松平定信が挙げられていて、そこだけ見ても「べらぼう」での対立を予想させます。
○
それにしても、なぜ一橋治斎が自分の血筋をドローンで「散布」するように徳川中に広めたくなったのか、これが不思議ですね。普通は、はじめたところですぐにアキるだろう。なぜアキもせず続けたのか。
支配欲の変形。であるけど少し変わっている。
「天下の楽に先んじて楽しむ」という他にやることがないあきれるほどの暇人性が静々と背景に立ち上がってきます。
図らずも、ぼくは一橋治斎のこの行動を「麻生さん現象」だと思いつきました。
高市さんを総理大臣にした、これと同じことをしているんだ。というのはどうだろう。暇と権力が一体になると、キング「づくり」がしたくなるのではないだろうか。隠れキングメーカーといった方がわかりやすいか。
つまり、キングを作ることで自分の「キング・オブ・キングス」を自覚する行動。もちろん実益はついてくるのですが、もう実益はたくさん手持ちなのでそちらは大した主ではなく、(バレバレでも一応の密かな)たのしみ状態なのでしょう。
というように「一橋治斎=麻生さん説」をまとめて見ると、偶然の一致とはいえ今年「べらぼう」が放送された意味がいまひとつ出てきたような気がします。
(「そうだ」麻生さんを「眠らせて」どこかに幽閉することはできないか。ないのかなあ。)
○
次回に向け、「べらぼう」の主テーマの説明。
「べらぼう」は自由の誕生のドラマです。農本主義から離れることで、日本の国にはじめて「自由の民」が誕生します。えーと、その名前は「町人」です。
農本主義ではすべての価値は農地から生まれます。だから権力は、農地から人が離れないことをまずなによりの経済の基盤としていました。そこでは、土地を捨てる、これが最大の犯罪になります。
経済が拡大し、商工業が発達すると、農地からハジかれた人は町に移動します。
政府は冥加金、運上金などの新しい税収を得て、町人社会を容認します。するとねぇ、横丁から河原から、坂の下から、隠れていたように町人が通りに溢れます。
土地持ちから見れば、「半端者」の一団です。
○
蔦重の生まれた吉原は、家なき民の密集地。
ゾロゾロ、ゾロゾロ…這い出るように「半端者」が街に出た。その上で、
上下、左右、きっちり固められた農本社会からこぼれ落ちた(逃げ出した)、自由な人々はなんとも気ままな人生を作り出す。
「オイ、オイ、オレはさあ、芸人になるよ」
「噺家ってぇのをはじめようと思うんだ」
とその次くらいに、出たよ
「絵師だよ、絵師、絵師になってみたいんだよ」
「バッカじゃあねぇか」
とまわりは言う。
「そんなもんで食えるかい」
と頭から水をぶっかける。さあ、ここで答えになる。
「べらぼう」ってのは、働かず飯だけ食う「穀潰し(ごくつぶし)」の人間を、ご飯をつぶす「へら棒」にかけた言葉で、転じて「バカ者」と言うわけ。ほーら、「べらぼう」が綺麗に繋がった。
「穀潰し(ごくつぶし)」がやっと世の中に出て、人間扱いしてもらえるようになった、その合言葉が「べらぼう」。
「おい、生きてるか」
「おう、当た棒よ」
(当たり前だべらぼうよ、を詰めて「当た棒」です)
そうして、自由の風を振り撒いた。
○
「バカ」と自由は兄弟なんだ。だから一緒に生きて、一緒に死ぬ。と、来週、蔦重が教えてくれるよ。(ぼくの見方)
「役人なんかになりてぇんじゃないよ」
「だからよー、べらぼうな本屋になりたかったんだ」
次々と次の時代への手当てをし、蔦重はバカに先祖返りしていく。
(瀬川が不意に出てきて、一緒に死のうとかいきたいが、ごめん、こりゃあ無理かなあ)
と言ってるうちに古いバカが次々とやってくる。バカが集まると、自由は拡大していく。さあ、ここがむずかしぃ。利巧じゃあできねぇ、馬鹿じゃなおできねぇ、と言うのが自由業。
「大きな器に乗せるしか方法はないのでぇさあ」
などと自由の姿が踊りになる。
屁、屁、屁…とバカ踊り、大きな大きな自由の輪ができると、柝が鳴って(ハイ、九呂介さん、行きましょう)。
○
十五代将軍、慶喜に続く一橋家の直系、慶朝さんが亡くなっていた。
「ぼーくの後は、も、もういいです。絶家にしてください(こういう話し方です)」
という遺言で、一橋家の本家はなくなるそうです。
カメラマン(手伝い)をしていた徳川慶朝さんは、(昔の話ですが)ぼくがいるとそばに寄ってきていろいろ話しかけてくれました。人のいいカタマリのような人でした。
慶喜は水戸家から養子できたので、一橋治斎の直系ではないですが「べらぼう」の年に絶家とは、これもなにやら縁ですかね。
○
ピーッ。笛は鳴り。
やがて汽車は出て行く。
もし汽車に乗っていたら、もうその町を見ることはないわけで。
「へん、べらぼうめ」
と、どちら様も強がりましょう。他になにがある。
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