「桐谷さーん、どちらへ、お出かけですかー」��
サヨナラ、「夕陽のガンマン」
ピーピー、ピピ、ピピー、ダッダーン。(アァアァ〜)
ヒヒヒーン、ブルルーッ。
Why did you come to this town.
(おい、お前、この街になんでやってきたんだ)
Water to my horse, breads to me. So, I’ll go out.
(ウマに水、オレにパンをくれ。それで街を出る)
「夕陽のガンマン」は決まって夕方になると、わたしのとこにやってきます。
どうしてか、わかっていました。
思い出しながら、言います。
わたしは倹約の中毒にかかっていたんです。
あのー、いろいろ言われる薬物の中毒じゃありませんよ。わたし、あんな無駄なことはしません。なにをするにも、まず「倹約をしなきゃあ」という目で見てしまう倹約の「中毒症状」です。
食事をしようとお店に入ってメニューを見るでしょう。(そもそもなかなかお店に入らないんですが)、まずどれが安いのか、と見てしまいます。どれが美味しそうとかあまり考えたことないんですね。
お肉の店に行くでしょう。
「ステーキ、見ません、そのページを開きません」
まっすぐハンバーグです。そのくらいが、自分の身の丈と決めていいたんでしょうね。メニューの上の方、高いものなんて一度も見たことありませんでした。
どうして、そういう体質になったのかといえば、父親の倹約精神を受け継いだのがいちばんです。そう思います。
以前お話しした、あの山ほどのワラビご飯が倹約精神をカラダの芯のところに植えつけてくれたんでしょうねぇ。
だから、わたしは1食17円のインスタントラーメン生活を平気で続けられたんでしょうね。そう思います。
わたしだけじゃない。妹も大阪の学生時代、2斤25円の「食パンの耳」生活していたそうで。それを考えてみれば、こりゃあ家風でしょう。まことに恥ずかしながら、です。
倹約、よいことだと思います。はい。
倹約のおかげで、大阪の大学に通う妹に毎月仕送りできましたし、株の種銭になった400万円も自然に貯っていたりとか、いいことはたくさんありました。いろんな意味で人生を作ってくれました。
でもね、それなりの中毒症状はいつまでも続いていて、後遺症もあったのです。
高いものを食べようととすると、ク、ク、クーッとブレーキがかかるのです。なんとも強いブレーキです。ブレーキを乗り越えて食事したとしましょう。するとね、
「身の丈以上の贅沢をしてしまった」
という罪悪感がやってきます。これがうっすらこころの背後に居座って、トラウマですね。責めるのです。
「美味しかったなあ」
という記憶をピタッと押さえるように、やがて奴がやってきます。
夕陽のガンマンです。
ピーピー、ピピ、ピーピー、ダッダーン。(アァアー)
テーマソングがなり終わると、わたしに拳銃を打つのです。
わたしは「美味しさ」より「むなしさ」打たれます。はい、こころから楽しめません。
えーと、優待が中毒を治してくれました。
優待は期限があるでしょう。だから使わなきゃいけない。ある分をきれいに使わないと結局、無駄になってしまいます。
使わないのが無駄なんです。
いままでの反対になりました。
だから優待の範囲内で、なんの気兼ねなく使うのです。なんの気兼ねなくという、自由の感触。わたしは自由になりました。中毒からです。自由は、空気までおいしい。
「夕陽のガンマン」がわたしから離れて行きました。
ジャジャーン。
中毒のいちばん根の深い末期症状の「使う」罪悪感が解消されたのです。これがねぇ、どれだけわたしの生活を変えてくれたか。
いまになって思います。優待が中毒を治してくれなければ、
「わたしは、なにをしてたでしょうか」
時の過ぎゆくままにラーメンばっかり食べて、
「フツーの暮らし、できたでしょうか」
カラダを壊して死んでしまっていたかもしれません。思い起こせば、そーとしか思えません。優待が生活というか、生計を助けてくれたのはもちろんですが、「生活の柄」を変えてくれたことを、いまとても感謝しています。(あ、テレサ・テンさん、ありがとうございました)。
わたしは、優待に生活を教えてもらったんです。無地じゃない、「柄のある生活」ができるようになったのです。
これ、簡単に言っていますが、簡単に治るものじゃあありません。なにしろ中毒なんですから。
○
桐谷さんの「倹約」は、どうして押し付けがましくないのでしょうか。
どこかふわふわしていて、ウサン臭さもない。
「ほとんどが他に方法がなかったから、それだけです」
「自転車だって、優待を使うのに電車賃が払えなかったから」
「地下鉄代片道240円、往復で480円。電車賃が払えないし、これだと、優待が無駄になるのです」
「自転車で走ると、ただです。健康になるし、こんないいことありません」
と申し訳ないほどありのままを話してくれます。それが、(いまとなればでしょうが)ご気楽。どう見たって中毒であっても、道ではない。まして「倹約道」などと言うものではないのです。
技と生き方がひとつになったものを「道」として日本人は高く評価します。「道」がつくと安心すると言う文化ですねぇ。メディアが大好きな世界です。おかげで世の中、どこも道でいっぱいです。
柔道、剣道、野球道…とてもキリがない。あそこにもここにも、トイレにもありそうです。
けれど、倹約に道が付いちゃあいけません。歩き辛いだけ。
つまり自由な姿を忘れない桐谷さんがよいのです。将棋をやめて、(言い方よくないが)ほとんどの階層社会から脱落した桐谷さん。ひとりぽっち。でも、なんにも気にしない、(古びた)自転車の風になれ。
「はー、どうも、こんにちは」
チリリーン、自由な声、自由な走り。
メディアの予測や思惑なんか、無関係なスピードで生きてます。
桐谷ッ広人は、自走する桐谷ッ自由人だ。あまり力を込めず、ひそかに言います。
○
そうして、次におぼえたのは、人と気兼ねなくお付き合いできること。
「食事、ご馳走しますよ」
と、まあ誘ったとしましょう。その時、相手の方に
「優待ですから」
と伝えれば、(それならいいかな)とおかげでお互いにフツーの顔でい続けることができます。これが大事です。
わたしが、優待のおかげでいくらか「人とのお付き合い」もできるようになって、
「きょうも、楽しく過ごそう」
と玄関を出ると、久々にガンマンがいました。
さっと風が吹くと、風で帽子がズレました。「夕陽のガンマン」の顔がチラッと見えました。
「あ、父さんだ」
そしたらガンマンは、あわてて帽子を深くかぶり、馬を走らせました。父親は93歳まで生きていてくれました。亡くなってから顔を合わせたのは、「あの時、だけです」。
夢だったのかなあ。
「父さーん、ありがとう」
ピーピー、ピピ、ピーピー、ダッダーン。(アァア〜)
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