麻生さんが
ひっくり返したバケツ。
ー自民総裁選と麻生さんのステルス攻撃ー
「あんた、麻生さん。勝手にバケツをひっくり返しておいて、一体どうすんの」
「もうまわりはビッチョビチョじゃないの。もー、オシッコ漏らしたわけじゃないでしょ。始末しないと、ほらー」
というわけで雑巾でオシッコを拭くようにずるずると床を拭きまくり、自民党の総裁選は終わった。これを解析しようとすると、アッチコッチから視点が生まれてキリがない。それはねぇ、当初から言っていたように
「自民党に玉はない」
状態の中で起きたことで、そのため焦点が定まらないということに尽きる。
なんでそんなことをしたの。そ、そ、そいつは、
「ど、ど、どーしても許さん」
という麻生さんの悪玉根性がやらせたんですね。
○
しかしねぇ、麻生さんの悪玉ぶりを見ていると、あきれるなあ。地元の人はあれのどこが好きなのか。福岡の人の心根がまったくわからん。どこがいいんだろう。
「あの苦虫を噛みつぶしたような渋さがたまらん」
などトンデモナイことを言い出すのかなあ。
(想像すれば)九州の人は、上から見下ろす話し方に親和性があるんだろうなあ、きっと、そうだよ。
「ア、ア、ウン、ウン…エヘン」
シワブキが聞こえる度ごとに、男らしいとか、大物らしい態度になにか宗教的なものを感じている、とでもしか言いようがないよ。一度でいいから、東京で立候補させたいわ。
○
今度のはじまりは、かつて「麻生おろし」を仕掛けた石破が許せなくて、
(…ふ、ふ、来たか。今度は、俺と同じ思いを味合わせてやるか)
と仕掛けた、というのがもはや定説。
石破続投で決まりかけていたのを、無理繰りだ。
「国民の意思に離れているのは、いかがと思う」
と森山幹事長が諫めに出ても、手を緩めない。
「なにを言ってるんだ」
と、大の里のように無理やり押し出した。ズッデーン。石破さん、ついに土俵際に転がった。
(ボケの出た)菅さんとスンズローが二人で羽交い締めをする周到さだった。
○
総裁選、決選投票前の演説を聞いても、どちらにしても
「皆様のおかげで…おかげで…おかげで」
と挨拶ばかりでおおよそ中身がない。空っぽ。いちばん下の丁稚じゃあるまいし、アチコチに礼を言ってるうちに時間が来ちゃった。(いや違うな、中身がないから、お礼ばかりを言っていた)
かすかに高市氏の優勢を言う人がいるが、少しの内容と語調の強さだけで決定的とは言い難い。(内容としたところで、総花的な項目出しに過ぎない)
新総裁決定後の石破演説の真っ当さと比べて聞けば
「おい、俺たちはなにか無駄なことしたんじゃないか」
という気持ちになった人は、少なからずいたのではないか。
○
この始末、麻生派の票が高市さんに流れることで決した。
「はじまり」と「終わり」を麻生さんが決めたということになる。ここからも、今度の騒ぎの本質は「麻生騒動」だったことが明らかになる、のだがそれにしても「ヤダねぇ」。
なんで84歳の渋柿みたいな方に、(ここんとこの流行りで言えば)年を食ったチビ太みたいな方に指図されなきゃなんないの。変だろう。
あー日本も末だねぇ。その意味は、
知らぬ間に、格差は支配にまで変化していたのかもしれない、と思わせるからだ。日本社会の右傾化がずっと言われているのだが、良くも悪くもその表れなのだろう。
格差は支配になり変わり、次は階級さえ生まれそうな気がする。
そこのところ、そこのところに気がつかなければ、日本社会の筋肉は硬直してノビヒロを無くしてゆくだろう。という危惧が生まれた総裁選でした。
○
最後は、(新聞記事でわずか2行)短い仕上げの声を出した。
「決選投票になったら党員票の最多のところに投票しよう。
なにって、それは…それが民意だからさ」
と取り繕った麻生さんだが、もっと前のところで国民の自由な意思に任せなかった悪玉ぶり(誘導ぶり)は、後世に残るでしょう。
レーダーに捉えられない「ステルス攻撃」は、実は麻生さんの戦法だった。今となればだけどね。
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