まずみんなの本音を書きます。(半分、心配でもあります)
「スンズローじゃ危ないよなあ。いま危ない時期なんだから」
「でも、ほっときゃ高市になってしまうよ。これも危ない」
「だからさー、なんとか、林か茂木でとりあえず納める方法ないかなあ」
ここでフーッとひと呼吸。けれど二、三度、頭を振って、力無く、
「ないそうだよ。ウカウカすればすぐ高市だよ」
「党員票、あれが読めないんだ。前回は、蓋を開けると高市がアッと驚きの一位だった」
「そーなんだよ、国会議員だけなら、一人一人カウントすればどうにかなるんだ」
(…あとは掴ませ、脅し、なんとかしちゃう)
「けれど党員票は手が届かない」
「少しユルめても、コロッと変わっちゃう厳しさなんだって」
ということらしい。
○
これは言ってもしょうがないんだが(ぼくが再三、書いてきたように)
「自民党に玉はない」
のだから、石破がいなくなって自民党がいちばん困るんだよなあ。
「ほれ、見たことかー」
「でしょう」
それを無理くりしでかした麻生さんの84歳の仕業(しわざ)なんだから、
「こんなことしてたってしょうがねぇだろう」
早めに
「こっちだ、こっちだ」
と「ゴール」をさし示せばいいのに、きっとやらないよ。
ジイさん、肥溜をひっかき回して、いなくなっちゃった。
○
スンズローはねぇ。親方の首を取ったんだから、今回は控えるべきなんだ。これが作法。ところが
「地元が生命です」
と地元の推しを大義にして、出馬するらしい。本来は、後見のスガーリンが
「今回は自重しようじゃないか」
とさとすべきだが、余裕がないし、実に
「人材難なんだなあ」
押し出されるフリをして、自ら出てきそう。
まわりもバックれている。
というのも高市の防波堤になるのはスンズローしかないわけで、それを考えれば反対しづらい。そんな図式が出来ちゃっている。
なわけで、すべて支障なく進めばスンズローで決まりなわけ。五割方としましょうか、
○
さあ。ここでウルトラEはあるか。ありますよー。
新3党連立です。
新しい連立をテーマに総理をゆずるのです。自民の長老たちが見えないとこで根回しを進めます。そうして、
�々駝洩閏腓範⇔�して、玉木総理の誕生。これが、前回からのぼくの読み。
��維新と連立して、林総理。これはイレギュラー、国民がウンと言わない時の隠し球。
ここまでが総裁選前の構図です。当たるかなあ。
○
高市サイドへの読みがほったらかしなので、少しだけ。
ぼくはねぇ、近衛奉勅(近衛文麿の提言)を思い出すんだなあ。右からの発言はわかりやすい。それをテコに言いたい放題。世の中すぐにでも変わりそうなことを言う。
それはねぇ、独裁の論理を多用しているからさ。独裁はいつも速度を問題にする、のであります。民主主義は時間がかかる。独裁というわけにはいかなくて、いつもトロくさい。それでも、それをモクモクと続けるから平和が続きます。
高市さんが根っから右に偏っているとまでは言いきれないよ。しかし総理になりたいのなら、真ん中ぐらいに戻す努力は必要じゃないか。世の中の10%以下の存在で、総理は無理。ゆくゆくは事故のもと。でね広く世渡りを勧めると、
(それじゃあ、商売にならないよ)
と答えるでしょう。実はそうなんです。右は、商売気のたまものなんですよ。つまりマーケティングがつくりだす右ポジションであることが多いのです。
それにリーダーが社会を右に引っ張って、よかった試しはないのです。教科書を見ましょうよ。
○
ぼくがここに書いた「右批判」などは、ま、ほとんどの人が知っていることでしょう。ところがそうはいかなくなります。
どうしてか、それは、選挙の魔みたいのが住んでいて、
「これくらいで丁度よい」
という「ほどの良い」進行がまるで無理になるからです。
「王手ッ、王手ッ…」
と盤面を叩いているうちに「ほどよく」は、どっかにはじかれる。これが、これまでの歴史。日本人得意のバランス感覚がうまく作動しない。選挙には、ありえない興奮が生まれるのですね。
日本人の狂走というやつですね。そいつは「勘違い」が起こしてきた言われています。(恥ずかしながら、日本人の歴史には少なからずあるのです)
今回が、特に危ない時期です。
○
戦後レジーム(戦後の政治体制ですね)、これを作った吉田茂の孫が、(麻生さんです)、いよいよ自民党をハジけさせて日本ビッグ・バンを起こすのか。
右にフックしなければ、それもいいだろうと思います。
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