【昭和の落語家たち 3 川柳川柳】
「グッバイ・マイラブ」のように。
「悲しくもおかしい」話は、悲喜劇と申しまして映画でも一大ジャンルを形成しています。
ところが、反対にします。「おかしくて悲しい」話というのがあって、これ、いくら話をしても笑いは呼ぶが、その後に泣きが来ないことがある。泣き笑いをしてもらえないのですね。すると「もの悲しい」演者だけがひとり置き去りにされたりします。うーん、これ、説明は、難しいんでねぇ、先に進めます。
きょうの話、元の名は三遊亭さん生、名人・三遊亭円生の二番弟子です。
本当は、美しくて悲しい・おかしい話なんですよ。それが、
「さん公のやつ、またバカやったのか」
「まったくあいつは…どうもけしからんという」
惚れて惚れ抜いた師匠に「また」叱られる。
たんびたんびに畳におでこがメリ込むほど頭を下げその場をすますが、どんどん一門の中でもスミに追いやられて行く。
名人・三遊亭円生の二番弟子は、長い二つ目で三十歳をとっくに超えていた。
○
「ラ・マラゲェ〜〜〜〜〜〜〜〜(声をのばし続ける)」
とても咄家とは思えない、きれいな声で歌い続ける。
さあ、どこまで息が持つのかな、大丈夫かな。
と心配そうになった時、ギターの横から手を出して拍手の催促。
(あー、そうか、追うように)パチ、パチ、パチと拍手が鳴ると、
〜〜ニャ、ヤッサネロッサ」
「ふー、助かった。息が切れて、一時は死ぬかと思いましたよ」と下げる。
これが名人・円生の二番弟子、さん生の、ひとつ芸だった。
二つ目の時、余技ではじめたこの「ラ・マラゲェニャ」なのだが、これが、当たりに当たった。ご本家のアイ・ジョージと比べてもそん色のない歌唱力と当時のラテン音楽への人気が後押しをした。
客も歌わないと納得しないし、歌えば歌うほど上手くもなる。出番も、二つ目ながら、深いところでやらせてもらえるようになる。ラテンを歌う三遊亭さん生、これが売り文句。ギターを抱え、頭にはソンブレロ、肩からショール。
立派な人気、二つ目になっていた。すべてが順調に見えていたのだが、ひとつ芸の“魔”が本人の出世の時に、顔を出した。
「あの芸は真打ちの芸じゃ、ありません」
師匠の三遊亭円生が、昇進に反対した。
「たとえ一席でも、人情話ができなければ真打ちにはさせない」というのが、「昭和の名人」円生の信念だった。
アイター。頭のソンブレロがぶっ飛んだ。
自分の師匠に出世を止められた咄家は、荒れに荒れたという。元々の酒好きなのだが、なお増した。増せばヘマもやる。いよいよ、師匠との仲もまずくなる。
「さん公、話しの稽古はしているのか」
円生に叱られて、その場は「はい」と帰るのだが、
「おいらは、新作だ」の気持ちで突っぱねはじめている、自分がいる。
帰り道の半ばでフーッと立ち止まり、振り返る。
でもね、これには話しの綾がある、とぼくは踏んでいる。
年を食って入った咄家はなかなか話しが入らない(おぼえられない)。まして酒好きとなると、これがまるで入らない。不思議なほどね。ここが(誰にも言えない)ホントの泣き所になっている、さあ、これをどう思いますか、みなさん。さん生は黙っていた。
「話しが入らない、とは言えないじゃないか」
どこにも書いてないし、本人も言わない。けれど、これが真相のはず。惚れて惚れ抜いた円生の芸をまっすぐ追うことはむずかしく、できるものをやれば
「ああいうものは芸とは認めません」とまで言われる。
これが「おかしくて悲しい」話の正体です。
一度ハジかれた真打の名、なんとかなんとか、遅れに遅れ、なるにはなったのだがすぐに協会の分裂騒動になった。やっとやっとのさん生だが「さあ、なんとか生きて行くぞー」と思ったら分裂だ。
「あー、いけねぇ」とツキのなさを感じたのか、
「師匠、あたしは、協会に残してください」
「それなら、名前を返せ」となった。
そのひと言は、(後々、誰に言わせても)まさに名人の狭量さだった。
二番弟子、三遊亭さん生は、協会に残り川柳川柳(かわやなぎ せんりゅう)という名前になった。すべては、会長、小さんの配慮だったという。
川柳川柳、極落語を自称し、いわば破天荒な落語を続けている。
ひとつ芸の「ラ・マラゲェニャ」は、いまも忘れずに高座にかけているという。
さん生は、名人・円生を愛していたと思うのだが、男の世界は曲がる時は曲がるのです。
○
では、名人・円生はさん生を愛していなかったのか。
円生は一番弟子、円楽を一門の参謀扱いにしていたのだが、さん生に限ってはバカ息子を愛するような気持ちだったのではないか。
再三の、飛び切りの、限度ごえのしくじりでも破門にはしていない。本当は、円楽以上に身内だと思っていたのじゃないか。それが、
「師匠、あたしは、協会に残してください」
と声を返されてひときわカッときたのでは。そう思う。
愛してる同士、(と言ったって)七十と五十の爺さんだが、「グッバイ・マイラブ」のように別れたんだぜ。
振り向いたら、負けよ〜。
○
お短い話を一つ二つ。
どうも円生の家の高級スコッチが目減りする。オカミさんの「はな」さん、
「じゃあ、これだね」
とボトルにマジックで線を引く。
けれど高級スコッチは線に沿っている。でも、減っている。
オカミさん、夜中に起き出して居間の電気をつけると、マジックを持ったさん生が立っていた。
真打昇進を止められさん生、荒れに荒れいつの間にか柏木の師匠の家の前。
酔ってバッタリ玄関の前に座り込んじゃった。(後はよくわからないとしておこう)
朝になり内弟子が前を掃除していると、モッコリしている。
「師匠、どうも玄関前に、どうにもあのー」
「さん公を呼んで来い」
迷いがない。まっつぐだ。
「さん公、お前(めぇ)なにしゃがんでぇ」
「師匠、それは犬の仕業じゃありませんか」
「バカ野郎、犬が紙を使うか」
「へ、へ、へぇーッ」
○
三遊亭さん生、改め、川柳川柳。ガーコンと唸る足踏み脱穀機の音と共に歌う、ガーコン落語を名物芸にしていましたが昨年末、亡くなりました。
三遊亭さん生時代の話ばかりに終始してしまいました。ガーコン落語はまたの機会に書きます。
注:「おかしくて悲しい」話の完成形と言えば、山田洋次と渥美清が作り上げた「寅さん」シリーズです。「寅さん」シリーズがいつも新鮮だったのはこの「おかしくて悲しい」という構成にあります。
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