【昭和の落語家たち 9 桂 文治】
あー、昭和初期が歩いて行くよ。
下谷上野の山かづら
桂文治は噺家で
でんでん太鼓に笙の笛
など申しまして、江戸の尻取り歌になっておりますように、桂文治は江戸から続く名前でして、桂の止め名。止め名と言うのは、その亭号でいちばんえらい名前、家元ということになります。(名人、桂の文楽の枕のマネ)
で、桂文治なんですがいまの文治は11代目、ここでお話ししますのは、伸治の文治こと10代目桂文治です。古いですよ。9代目、留さんの文治と並んで落語家以外にどんな人になるの、とこっちが相談に乗りたくなるような方々でした。
◯
六本木で地下鉄に乗ると、目の前に桂伸治(現・文治)がちょっこり座っていた。小さなカラダを座席に乗せ、70越えの年寄りをつかまえて申しわけないのだけど、あどけないクリクリ目玉をぼくのほうに向けている。あれ、ぼくにおぼえがあるのかなと思ったけど、それは、おぼえているわけはないわけで、おぼえているのはぼくだけだ。
こういう時、ぼくみたいな立場はどうしたらいいのかな。
良く知っていて、高座越しに冗談を言ったりした仲だ。それにしてもおぼえているわけはなく、もう、40年もたっている。なにか、こう、ノドから熱い言葉がでてきそうになるのだけど、どうにもならない。もどかしい。
「あー元気だね」
そんな眼差しを返すしか仕方がないのだろうか。
桂伸治は、桂蝠丸という咄家の息子。入谷に住んでいて、生っ粋の下町っ子の親子二代の落語家だ。
蝠丸は、若い頃は一気に売れたらしいけど、それも一時のことで後はずーっと貧乏だった(そうだ)。間貸しをしていて2階の役者夫婦が毎晩欠かさず歌い上げる「あの声」を1升持って来れば聞かせる、とやっていたのだが、ある日やって来た後の責め絵の巨匠、伊藤晴雨は1升を持ってこれなかった。そこで、あの名高くも危ない、趣味の人にはお宝の晴雨の責め絵を1升の代わりに玄関口の脇の壁に描いっていった。
「どうです、変わったことありませんか」
知らずに巡回でやって来た下谷交番の巡査が、下駄箱の上の画を見てのけぞった。
「おーい、ご主人、ここで猟期殺人があったのか」
それから、巡査の指導で上から紙を垂らし、夜毎の歌とは別勘定で見せたそう。
その家で育ったのが伸治なのだけど、あのあどけない目が晴雨の画を見たとは到底、信じられない。
得意の話しは「堀の内」。堀の内のお祖師さまに子どもとお参りに行くことになり、親子そろって「湯や」に行く、そこからはじまるこっけい話しなのだ。
「やだよー、お父っあん、さかさにつけるもの」
この入りは、みんな聴いたことがあるんじゃないかな
「軽石で顔こすちゃだめだよ、お父っあん」
「血がでちゃうよー」
「お前、いつの間に、8つでこんなに立派な倶利伽羅モンモン、お父っあんに内緒で入れやがって、シクシクシク」
8歳の子供が刺青を入れたと思い込み嘆く、親の様子。ここが聴かせどころなのだ。泣きそうな声、手拭いで顔を拭く。ところがだ、
「馬鹿野郎、なに人の背中、さすって泣いてんだ」
知らないお兄さんにモロに怒鳴られる。
ハッと気付いて「あーよかった」と思わずニコリ。この様子がいいんだなあ。見ていると、誰もが親孝行がしたくなるよ。これが、落語のいいところ。
(実は話が刺青なんで、いまは、これをやりづらいというから情けないね)
「なにニヤニヤしてんでぇ、あっち、行け、あっちに」
「へぇ、えー、どうもすいません」
「おい坊主、こっちに来いってんだ、お父っあんが背中、流してやる」
「どうれ、えぇ〜ん、えぇ〜と」
「お前の背中は随分、長いね。きりがない」
「お父っあん、それ、はめ板だよ」
などと続くのだが、その下町なまりのよさは類がないのです。つまり、本物の職人言葉だ。「七人の侍」の宮口精二と伸治の二人が下町言葉の双璧とされていたのだけど、いまはもう伸治(現・文治)しかいない。
さすがにこのあたりは、談志もかなわないとこなんだ。
談志曰く、
「見損なったねぇ、あんないい噺家になるとは思わなかった」
ぼくも、そう思う。
と、まあ、思いふけっていたら地下鉄は恵比寿に着いた。伸治は、ぴょこんと席を降り立って、出ていった。
5尺丁度くらいのカラダに鳶(トンビ)を着て、下駄を履いていた。
ホームに降りて、スタ、スタ、スタ。
あー、昭和初期が歩いて行くよ、昭和初期が歩いて行くよ。
鳶(トンビ)はクルリと振り帰ってはくれなかった。
(文中の全員、いまや誰ひとりおりません)
◯
この文章は、ぼくが書き続けている「昭和の落語家シリーズ」の9作目、桂文治(十代目)。入谷生まれで、入谷育ち、浅草界隈そのままの香りがいいやねぇ。
仲間内の「暮の宴会」で、このあどけないクリクリ目玉の70歳(当時)は、決まってバレ話。(本人も大好きらしい)、それもド直球。クリクリ目玉が○◯○○を大声で連発。やらかすのだ。クリクリした目玉と四文字の落差なのかなあ。独特な効果を上げるらしく宴会でお運びの前座などは、おかしくてすっかり顔を上げられなくなるとされるのだが、あーあ、聞いてみたかった。
伊藤晴雨のおかげかなあ。
ほんの少しサワリだけ、
「○◯○○、こっちにおいで。なに泣いてんの。おじさんがくすぐるよ…え、○◯○○泣けてくる」いやはや、どうも。
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