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2024年06月04日11:37

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流星のひと。48 あー、あの人と、愛の雪別れ。

 ヒカルは、藤圭子の居場所さえ知らなかった。家の中の、毎度のモメ事に耐えかねてヒカルは叫んだ。
「もうこの場所にいないで」
この叫びから母娘の絶縁がはじまっていくのだが、その様子は文字面通りまったくの音信不通。かつて時代のことではない、電話一本でほぼすべての連絡が付くというこの時代に、どうしてそんなことが生まれるのだろうか。(そうして、この電話の「あるなし」が先々、最後の事件の核心へと尾を引いていくことになる)

 藤圭子も頑なに連絡をとらなかった。
 それはなぜなのかと探れば、宇多田氏と東芝EMIが策を講じたプランに基づき
「3年ほど会わないでいて欲しい」
という約束が交わされ、手切金と呼ばれるものを受け取っていた。それもあるにはある。だが、
「ヒカルのためには、あたしが出ないほうがいい」
という考えを藤圭子自身が信じ込んでいた、ということがよりホントに近いのだろう。後になれば「信じ込まされていた」という言い方も成立するのだが、正誤いずれにしろ本人の強い意志がなければ成立しない不思議な空白状態なっていた。

 宇多田氏の意見は、藤圭子を縛りつけ、ヒカルを何も知らない少女につくりあげていた。
 いや待てよ、母親、藤圭子への負のプロパガンダが日常的に盛り込まれていた、と考えるのが普通かもしれない。でなければ、(たまに電話があったとしても)都合12年の長きにわたる没交渉が続くわけがない。
 引き合わない磁石のような不思議な母娘、引き合う磁力は確かに存在し、砂鉄は波紋をくっきり描く。けれど宇多田氏の意図通りに、まったく誰も知られず「会わない関係」は続いていった。

「電話はたまにヒカルから非通知でかかってくるだけで、純ちゃんから連絡することはできなかったと嘆いていました」
という声もある。
 その延長なのだろう。
 ヒカルが画家・福田天人氏と同棲をしていたロンドンに突然、訪れた。恋人の母親の来訪に半ば困惑する福田天人氏をよそに
「娘を、よろしくお願いします」
これだけ言うと、藤はさっと帰っていったという。
「これだけ言うと」というほぼ最小限で不器用な声の出方に、母娘のおかれた環境を瞬時に感じ取ってしまう。そこにはやっと合わせてもらえたという寂しげでいて、いささか怪しげな環境だけが立ち上がってくる。

 ヒカルが生まれた時のことを、藤圭子はこんな詩にしている。
「あなたが生まれたその日に、天使たちが集まって
 そして決めたのよ、夢を実現させようって」
 夢とはなんなのか。そうだね、歌に決まっている。さあ、ここから二人の夢がはじまったんだ。
(この時点では、宇多田氏は傍観者のようだった、とされている)

 1997年10月リリースした「抱いて…」では
「私は死なない たとえどんなに辛くても
 あなたが側にいるかぎり 同じ道を歩き続ける」
とまで書くことで、未来への強い決心が掲げられている。

 それが、ヒカルの詩(「be my last」)
「母さん、どうして育てたものまで
 自分で壊さなきゃいけない日が来るの」
というこころが壊れそうな詩にたどり着き、母娘二人はそっぽを走る惑星ようにすれ違い、遠ざかりはじめる。

「自分で育てたものまで自分で壊す」とは、いかにもこころの病を持つ人を身内にもつ辛さを感じさせるフレーズなのだが、どんな瞬間を伝えているのだろうか。これが「もうこの場所にいないで」という言葉の引き金になったのだろうか。(これだけのことでも、藤圭子のためにも明かして欲しいのだが、できないことなのだろうか)

 この不幸な状態のゲームチェンジャーは誰がどう見てもヒカルしかいないのだが、
「電話はたまにヒカルから非通知でかかってくるだけで」
とあるようにそう多くのことをヒカルはできなかった。(それが後々、ヒカルの心に深くて大きな苦悩の元になっている)。

 藤圭子の母、澄子さんの死についてさえ
「母方の祖母が亡くなったことを知りました。おばあちゃんとは色々あってずっと会えなかったけど、子どもの頃よく預かってもらってお世話になったのは覚えています。おばあちゃんありがとう。お焼香してあげられなかったのが残念です」
という事後のコメントだけで終始している。

 何か有効なことするにしても祖母へのコメントが良い例で、何も知らされていなかったというのが事実なのだろう。目を覚ましさっと立ち上がるように「人間活動(休養)」を宣言することで、ヒカルは自分で人生の変革をはじめる。

 藤圭子の最初のディレクターの榎本襄氏は、この時のヒカルの気持ちを代弁する。
「休業してからも、やっぱり彼女は母親のことを気にかけていたんでしょうね。(今年の春から)月1度、インターFMで『KUMA POWER HOUR』のDJをはじめました。そこには、『自分の声を発信していれば、母親に届くかもしれない』、またリスナーから藤さんの情報がもたらされるかもし れないという思いもあったことでしょう」

「母ちゃんの『面影平野』かっこいい」というヒカルの夜空を舞う叫びは、このラジオ番組から発信された。実のところ、このヒカルの声に込められたこころを言葉にすれば、
「母ちゃん、死なないでー。お願いだよー」
とまさしく言っているようにぼくらには聴こえるのだが、さーて、それが藤圭子にどのように届いたのか。それどころかまるで届いていなかったのか、これもいまとなっては答えはでない。

 それにしても、これこそ、ぼくらよりヒカル本人が知りたいことなのだろうと思う。 

「あらゆる現象に母が見えてしまった時期があったんです。つらいな、イヤだなって最初は思っていたんです。けれど、結局誰しも原点はあって、その原点は母だったと。わたしの世界、あらゆる現象に彼女が何かしら含まれているのは当然だなって。わたしの体は親からきているものですから」「SONGS」(NHK)に出演した宇多田ヒカル(33才)はそう話した。

 少しづつ、ヒカルの苦悩が言葉になって来た。 言葉が出るたびホントが現れてきた。
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