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2024年05月22日03:15

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流星のひと。47 ただ生きてるだけの女

 そこに そこに そこにいるのは
 ただ生きてるだけの 馬鹿な女さ

 母親が亡くなった後、藤圭子は自分の歌「ただ生きてるだけの女」をなぞるように生きていた。
 人生というのは、あちこちに虚無が転がっている。誰もがそいつに躓(つまず)きながら生きるのだが、そのひとつに両親が亡くなるともうやることがなくなったように力を落とす人がいる。子供との生活がそれを支えるのだが藤圭子は、ヒカルとは疎遠になっている。となると、どんなに宙を足掻いても何も答えがでてこない。あるのは「ただ生きてるだけ」としか手繰(たぐ)りようのない無意味な人生になる。

 本人には、そう思えたのだろう。

「あたしは、誰にも知られずこのままそっと死にたいわ」
この頃、不吉でデスペレートな、発言が何回も残されている。そして
「でも、歌があったから、あたしの人生よしとしよう」
と続くことが多かったらしい。ぼくは、このわずかなやり取りの中に裏返った「歌いたい藤圭子」のホントの声を感じるのだ。だが、この発言の後半分に肩入れをしてくれる人はいなかった。

 実際、ヒカルがデビューした後、歌手活動を再開したいと動きはじめるのだが、宇多田氏の先回りにきっかりと塞(ふさ)がれていたらしい。それに、(デビュー時のディレクターだった)榎本襄の言葉を聞くと、世間の辛辣さも見えてくる。
「あちこち不義理を重ねていて、もう誰も味方してくれなかったんでしょう。まわりを見る目がないスターの宿命ですかね」と残念そうに言葉を返す。
 不義理のほとんどは宇多田氏のこさえたもの、という言い訳もたつのだが、業界ではある意味「さわりたくないもの」に識別されていたというのは事実なのでしょう。あれほど藤を買っていた酒井忠利氏さえも救いの手を伸ばせなかった。

 歌うことをやめる代わりに、手当てを受ける。
 世間とはほぼ無接触になることで、手当てを受ける。
 そして同居人とされている監視人を受け入れることで、「ただ生きてるだけの女」は完成する。俗なストーリーだが、そのまま実行されていく。

 石坂まさをの奥さんの話を追ってみる。
「忘れた頃に、突然、電話がかかってきて。夜中が多かったわね…公衆電話なのかなあ、いそいで話をしているんだけど、それでも長くなってね。また電話をする、と終わるのだけれど、なかなか電話はなかったわ」
 この言葉に、一切を曝け出すように藤圭子のホントの日常が見えでいる。

 なぜ公衆電話なのか、なぜ夜中なのか。
 少し辛い推測をさせてもらおう。藤圭子は、携帯電話を持っていないので公衆電話を使う。その持っていない理由は必ず「ある理由で」とあるのだが、どこを探しても具体的な答えはない。となると、持っていないのではなく、禁じられていた、と考えるのが妥当ではないだろうか。自由で、目の届かない世間との接点を無くす、という意図だろう。

 では、なぜ夜中なのか。
 これも監視の目を盗んで連絡をしていたと考えると説明できるだろう。藤圭子は、隠れるように深夜、部屋を抜け出し、あふれるほど話すことでいっときの不安を癒す。けれど電話の後には、明け方のカラスのように重苦しいカラダがあっただろう。解消されない「ただ生きてるだけの生活」を抱え薄明かりの中、とぼとぼと部屋に帰る。

「どうやって次、連絡したらいいの」
と聞かれると
「宇多田に連絡して」
と答えていたそうだ。

 ここまでで、わかることは「電話は管理されていた」ということだ。悲しいけど他に言いようがないじゃないか。

(実は、こころの病があって遠く近く、見守っていた)
そうした心遣いの一部ではないかというような言い方があるようだが、まさか原田芳雄じゃあるまいしそんなウスッペラなイイグサが通るわけもない。こころの病が重いのなら治療の道をどうやっても選ぶべきで、他に良い方法はない。
 世間から藤圭子を隔離したい、という意志しか見えてこない。

 亡くなった八代亜紀が藤圭子に語りかける。「二人のビッグショー」の時です。
「わたしたちねぇ、いろんな人になって歌うの。それが仕事」
 藤圭子は
「そおねぇ」
と答えたものの、八代のようにけろっとはしていなかった。自分はホントしか歌うこと、演じることしかできない歌手だともはやわかっていたのだろう。ごくごく簡単言えば、藤圭子はまったく嘘のつけない歌手なのです。
 口籠った様子に悲劇の予感を感じさせたのだが、その一瞬の表情はほとんどの人が気づかぬうちに通り過ぎてしまった。

 1970年のあの日、都電通りを歩いていった新宿のジャンヌ・ダルクは、「ただ生きてるだけの女」となって新宿に帰ってきていた。誰ひとりそのことを知らなかった。

注:「ただ生きてるだけの女」、初期の盛り場演歌なのだが藤圭子の迫力が女の人生を感じさせる見事な仕上がりとなっている。1975年発売。
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