「ママ大好き、ママこわい。お父さん大好き、お父さん嘘つき」
ヒカルが6歳頃の言葉とされている。この言葉が、不思議にこの家族の未来を教えているようで、思わず黯然として重いため息をつくような気にさせる。
ママはこわいかい、お父さんは嘘つきかい。君の予言が当たらぬように、見守っているよ。
藤圭子は、いつだって他人に強い言い方をする人ではないし、それはすぐに想像がつくことだと思う。
いつも一歩引いて話をする、とても遠慮深げにね。テレビ番組で見かける通りの控えめな話し方の人だ。それが、いつどうして「こわい人」になったのだろうか。宇多田氏との関わり合いが反映されていると思うのは、ぼくのうがち過ぎだろうか。ヒカルが自分の思ったようにいかない時、圭子は怒る、時にはひどく怒ることもあったと言っている。その度にヒカルは戸惑う、けれど
「彼女には悪気は無いんだって分かってしまう自分が、体の芯からひんやりしていくようで、こわかった。どこかで、私を拒絶しているような感触がしたから。それが、こわかった」
と話している。そうなのか。それは、宇多田氏との「そう仲良いことばかりではない」という藤圭子の気持ちが水面下で反映されているのではないのかと思う。
何かの拍子にヒカルが宇多田氏の姿と二重写しになる瞬間がある。そういう時に藤圭子は思わず目を逸らしたり、怖いほど叱ったりしたのではないか。
だとしたら、ヒカルも悲しさを抱えはじめていたのだろう。
では宇多田氏は、その時どうしていたのか。それには植木鋏の話がまた必要になる。藤圭子の人生を密かに剪定した、と母親との絶縁のことを書いた。実は、レールが引かれていたという意味では、ヒカルとのことがいよいよ最後の詰めの剪定になっている。
パチン、パチン。母親との別れ、歌への別れ、そしてヒカルとの遮断。それは、あまりに周到に用意されていた、とぼくには見えて仕方がない。
藤は、当時の、身内のずい分、辛いことまで打ち明けている。
「私、ノイローゼになりそう。もう、どっちの言い分も聞きたくない」
と、ヒカルが大きな声で訴えていたという。あまり好ましい話ではないが、ヒカルを真ん中に夫婦の綱の引き合いのような状態が動いていたと思われます。
「ヒカルのためにも、あたしは一刻も早く、落ち着いた生活を取り戻したいんです」
娘のためにも繰り返す離婚騒動にケリをつけたいという母親としての藤圭子の気持ちは十分に届くのだが、うまくはいかない。
もめるたびに「ヒカルをここまで成長させたのは私よ!と言い出す母の姿を見て、母娘の関係も険悪になっていく。その度にヒカルさんは照實さんと行動を共にし、母を避けるようになったんです」(音楽関係者)
これは、反作用としては当然のことなのかもしれない。それにしても藤圭子は熱い坩堝の中で悲しい失敗を続けていたのかもしれない。
それは「離婚する」という藤からのいつもの決定打がもはや効力を失ってきたことを教えてくれる。藤は、そのことにやや鈍感な感じがある。
兄、三郎氏は言う。
「離婚しても、結局、金のない宇多田氏が泣きついてきて、元に戻っちゃう」
という嘆きのありかは良くも悪くもヒカルの存在でところを変えていた。歌わない藤は、稼がない藤になっていた。
その上、藤圭子は「ヒカルのギャラの使いこみをしている」というところまで話は進んでいく。親子でバカなことを、とぼくは思う。当時は報道されたギャンブル放浪の前で、不要な大金の使いこみが発生する理由はないし、歌わない藤圭子はヒカルの成功しか考えていないのだ。
藤圭子が母親と絶縁するのは「母親のギャラの使いこみ」が原因とされている。あの時にあまりに似すぎていないかい。あの時の「ギャラの使いこみ」騒動は、父親からの助言とされているのだが実は話の出所は曖昧なのだ。だが、あの時、藤圭子はひどく意気込んでいた。
「お兄ちゃん、お母ちゃんは目が見えるの」
「あたしのギャラを使い込んでいたのよ」
兄、三郎のところに長い電話があった。
母親と同じ立場に立った、立たされたというより、同じ筋書きがまた出てきた。再演です。繰り返されたことを見ていると、偶然とはいえない人の介在を感じてしまうのはぼくだけだろうか。
藤圭子は、使いこみなんて言われれば言われるほど
「使った覚えはないよ」
とあっさり言いながら、大した弁明もしていない。
そうした三人のギクシャクした生活は、ある日、臨界を超える。
スタジオから疎外され、歌わない藤圭子は日々、ヒステリックになっていく。その頃の藤の様子を「嵐の女神」となぞらえた父娘。父はなんとかうまく対応し、ヒカルは嵐から首をスクめるようにやり過ごしていた(と、ここまでのことを宇多田氏は説明している)。
父娘は次第に肩を寄せ合ってくる。それが、ついに
「ここから出て行って」
というヒカルの言葉になる。
その瞬間、藤圭子の「家族の時間」はぴったり止まってしまう。「嵐の女神」はそそくさと身繕いを整え、家を出る準備をはじめる。ヒカルは
「その場にいないでと言っただけなのに。ママはどうして」
と後日、言うのだけど、もう取り戻すことはできなかった。
自分の周りのすべての経路は断ち切られていて、それに気がつくといさぎよい藤はなんら考えることもなかった。
「あたしは、雪の中を歩いてゆくんだ。父ちゃん、あたしは行くよ」
あっという間に家を離れることになった。
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