落語「上手い・下手論」4 消え行く情
○2008年12月26日の日記再掲載
「あちきに会うために、3年もの間、一心不乱に働いてくんなました。
爪に詰まった藍の色で大方のことは、わかりんしたが……
あー、このお金、とても受け取ることはできません。
どうぞ持って帰っておくんなまし。
その代わり来年3月、あちきは年来があけます。
その時には、どうぞ主さんの女房にしてくんなまし」
人情噺の代表作のひとつ「紺屋高尾」のヤマになるセリフです。花魁道中で見初めた高尾太夫にひと目会うために、3年もの間、働き詰めに働く。そのマコトにうたれて、高尾太夫は末を誓うという噺です。
「爪に詰まった藍の色」とは紺屋の職人のシルシ、藍が爪に詰まって青染んでいます。
落語の中の情景や設定がなかなか通じなくなって大分たちます。で、枕(マクラ)に説明を入れたりする。
「傾城(けいせい)にマコトなしと誰言うた、などと申しまして。けいせいと言っても京成電車じゃないですよ。えー、吉原と言いまして、観音さまの裏手ですね」
などとやるのです。
ま、外形的なことは説明すればすむとして、肝心の人のこころ、情のところが通じなくなっちゃってきたりします。その代表が「紺屋高尾」、最近、演る人が少なくなっているのが、その証拠です。
高尾太夫の心意気なんてのがチンプンカンプンで、
「なんだろね、この人は」とか
「どうにも嘘くさいよね」とかね。
うーん、切ないさかりだね。
「芝浜」なんてのも危ないゾーンかな。
この噺を親ゆずりの代表作としていた三木助だけれど、もしかするとこのヘンをはかなんでいっちゃったんじゃないかな。きっと少しはあったんだろうな。
でね、この消え行く情にブレーキをかけることができるのは、ひとえに名人の存在なんですね。人生の達人のようなジジイに、ふわっと再現されると、これはなかなか無視できないわけで。
「知らない世界だ。知らないけど感じる」
となるわけです。
そもそも再現するには知らないと出来ない。当たり前ですよね。何しろ気持ちの問題だからね。知らない気持ちは再現できません。
だからね、あたしなんぞは、情の行方はもはやここに頼むしかないと思っています。だから、もう名人は「こころの文化財」説なのでございます。
時代に棹さすことはできなくとも、情という「文化財」として保存はできる。それで充分なので残しておけば、いつか再使用されるときもある、と、まあ、思うわけです。
なもんで、みなさまにも名人の保存の協力を、お願いするわけです。そこらをウロウロしてたら生け捕りにしましょう。
人情噺は三遊亭圓朝が創世し、寄席に定着されたものとされています。なもんで三遊派が自分たちの噺として必ず修行しています。
頭に書いた「子別れ」は、三遊亭円生のカタチです。
ぼくの好みですが三遊亭円生は、「死神」の子供を思う様子に情があって好きですね。死神が蝋燭を指差して、
「これ、お前の息子だ」
「お、おー、元気に燃えてやがらぁ、ふ、ふ、ふ」
この「ふ、ふ、ふ」に子を思う親のこころ、人情噺の味が詰まってます。
名人、桂文楽は型通りの人情噺が、実は嫌いでした。バラしました。名人、すいません。
「明烏」の父親と子はきわめてサラッとしていて、サラサラの中で感じさせようとしていました。「舟徳」でも同じです。
その間(あいだ)かな、古今亭はアドリブが多く演者の個性がよく出ます。
金原亭馬生、辛い人情味がぼくは好きで(型通りの人情噺ではないが)次を最高の噺としています。
「あのぉ、おかみさん、もしお間違いでしたら、ごめんなさい。おかみさん、あのー」
(洗い髪の半身をそーと返して、お熊は囲炉裏の火箸をグィと握りしめる)
「あのー、熊蔵丸家の月野戸、花魁じゃございませんか」
「鰍沢」の一節です。
人間の辛みと動く情、これも人情の一部です。
えーと、情といえば噺家が必ず振ってくる言葉がありました。
「忘れねばこそ思い出さず候」
仙台高尾の手紙文とされています。1日寄席にいれば一度は聞きそうな言葉でしたが、最近は聞いたことがありません。これを見ても、かにかくに(中村草田男で行きました)、消えゆく情になりにけり。で、ございます。
えーと最後にサービス
遊女は客に惚れたと言い〜
客は気乗せで また来るという〜
嘘と嘘との 色里の〜
篠田実の浪曲「紺屋高尾」の頭の一節、名セリフです。実は、これも、いまは演る人がいないんだなあ。
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